
こんな問いを、一度は持ったことがあるのではないでしょうか。あるいは、社内から「研修を実施しているのに、現場が変わらない」という声を聞いたことがある方もいるかもしれません。
私は、この問いを正面から受け止める必要があると思っています。なぜなら、「L&Dにしかできないことは何か」を答えられない限り、どれだけ役割変化を語っても、それは絵に描いた餅になってしまうからです。
今回は、世界のL&D界隈で起きていることを踏まえながら、この問いと向き合ってみたいと思います。
1.世界では、何が起きているのか
2026年に入って、海外のL&D界隈でひとつの言葉が急速に広がっています。
「L&Dがサポート機能である時代は終わった」——この宣言とともに、学習を「HR施策」ではなく「ビジネス上の必須インフラ」として位置づけ直す動きが加速しています。
世界のL&Dリーダーたちが語る新しい役割は、大きく三つの方向に向かっています。ひとつ目は「成果で語る機能」への転換。修了率や受講者数ではなく、パフォーマンスの向上・人材の定着・組織のリスク低減がL&Dの評価軸になるという主張です。ふたつ目は「組織設計の中枢」への移行。研修を提供するのではなく、組織が変化に対応できる構造そのものを設計することがL&Dの役割だという考え方です。そして三つ目が「意味をつくる機能」という視点。Learning Guildの論考にはこんな一文があります。「2026年のL&Dリーダーに最も重要なスキルは、インストラクショナルデザインでも、データ分析でも、AI活用でもない——それは『意味をつくること(Sense-making)』だ」と。
どれも、うなずける話です。しかし私には、ずっと気になっていることがあります。これは本当に実現できるのか。そして、なぜL&Dがそれを担う必要があるのか——という問いです。
2.「バトン」が見えない、という構造問題
マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセス——この流れは、バトンが見えます。誰が何を引き継ぎ、どこに成果が現れたかが、数字で追えます。
では、L&Dのバトンは何でしょうか。
研修を届けた。その先に何が起きたか。業務のパフォーマンスが上がったのか、判断の質が変わったのか——これを追える組織は、まだ少ない。L&Dが渡しているバトンの中身が、当事者にも見えていないことが多いのです。
この問いは、日本だけのものではありません。LinkedInの2026年 Workplace Learning Reportによれば、L&Dリーダーの67%が、経営幹部に研修の成果を証明できていないと回答しています。TalentLMSの調査も同じ構造を指摘しています。「セールスは成約数で語れる。マーケはリード数で語れる。でもL&Dの貢献は、四半期の数字に即座に現れない」と。
これは測定技術の問題ではなく、役割の設計の問題だと私は思っています。L&Dが何をアウトプットとして「渡す」のかが定義されていないまま、成果を問われている。だから答えられない。
3. 役割が高度になるほど、成果が見えなくなる
ここに、L&Dの役割変化をめぐる、見過ごされがちな葛藤があります。
コンテンツを制作し、研修を運営していた時代は、「やった感」がありました。研修の提供本数、受講者数、修了率——数字が出る。目に見える。存在を証明できる。
しかし「パフォーマンスを支援する」役割になると、成果はぐっと見えにくくなります。現場のマネージャーと一緒に問題を解いた。業務設計に関わった。でも「誰のおかげか」は見えない。L&Dの貢献は、現場の成果の中に溶け込んでしまいます。
だから「やめる」ことが難しい。新しい役割の成果が見えない状態で、「やった感のある仕事」を手放す勇気は持ちにくいのです。誰もが、より意味のある仕事をしたいと思っている。でも、その意味を証明できなければ、古い役割に引き戻される。これはL&D部門の能力の問題ではなく、組織として「人材開発機能に何を期待し、何で評価するか」の設計が追いついていないことから来る、構造的な詰まりだと思います。
4. 今月、私が読んだ4本
「L&Dにしかできないことは何か」。この問いを軸に、今月は4本を選びました。
iVentiv「2026 L&D Trends: Skills-Based Organisations, AI Governance, and Learning Culture」
🔗 https://iventiv.com/news/2026-ld-trends-skills-based-organisations-ai-governance-and-learning-culture
世界のCLOたちが「L&Dは組織設計の形成力になる」と語る一方で、「スキルデータは組織の通貨だが、使い道が定まらなければ高価なデータセットで終わる」とも言っている。この二面性が、現実の難しさをよく表していると感じました。
Training Industry「Outcomes-Led Learning Will Define L&D Strategies in 2026」
🔗 https://trainingindustry.com/articles/strategy-alignment-and-planning/outcomes-led-learning-will-define-ld-strategies-in-2026/
「修了率で報告するL&Dは、経営から信頼されない」という直球の指摘。同時に「AIはコンテンツ制作を支援できるが、パフォーマンスの診断や戦略的な判断を代替することはできない」という言葉も印象的でした。
Learning Guild「2026 Priorities for L&D Leaders: Navigating Change, Tech & Talent」
🔗 https://www.learningguild.com/articles/2026-priorities-for-ld-leaders-navigating-change-tech-talent
「Sense-making(意味をつくること)がL&Dの最重要スキルだ」という論点。ただ私は、これは本来リーダーが担う役割ではないかとも思っています。L&Dがそこまで踏み込めるかどうかは、組織との関係性と信頼次第でもある。
HR Dive「What Will Employee Learning Look Like in 2026?」
🔗 https://www.hrdive.com/news/what-will-employee-learning-look-like-in-2026/808532/
「L&Dがサポート機能の時代は終わった」と宣言しつつ、現場では学習時間の確保すら難しいという現実も並んでいる。理想と現実の間にある距離を、この記事は正直に描いていると感じました。
5. 記事を読んで、私が考えたこと
これらを読みながら、私は一つの問いを立て続けていました。
「現場のリーダーがしっかりしていれば、L&Dは本当に不要なのか」——と。
優れたマネージャーは、日常の中で部下を育てます。仕事を任せ、フィードバックし、内省を促す。これができるリーダーがいる職場では、L&Dの出番は確かに減るかもしれない。
でも、現場のリーダーにできないことが、二つあると私は思っています。
ひとつは、「組織の外」を見ることです。現場のリーダーは、自分のチームの中で育成します。でも「他の部署では何が起きているか」「業界全体でどんな能力が必要になっているか」——この視野は、現場にいるだけでは得られません。
もうひとつは、「学びを組織の智慧にする」ことです。
ここが、私がもっとも重要だと考えているL&Dの固有の価値です。
学習する組織とは何か。私はこう定義しています。「誰かの成功から学び、他の人が成功している。誰かの失敗があったおかげで、他の人が失敗していない」——これが、組織として学習しているということではないでしょうか。
現場のリーダーは、自分のチームの成功と失敗から学ばせることができます。しかし「隣のチームの失敗を、こちらのチームが学ぶ仕組み」は、現場だけでは設計できない。成功した経験を言語化し、組織全体に伝わる形に変え、次の人が同じ成功を再現できるようにする——このプロセスを組織横断で設計・管理するのが、L&Dにしかできないことだと思っています。
そしてここに、測定の入口もあります。ある成功事例が共有された後、同様の成功が他のチームで再現されたか。ある失敗が記録・共有された後、同様の失敗が組織内で減ったか。これは抽象的な「文化」ではなく、追える事実です。
もちろん、これを設計するためには、学びのフローが機能していることが前提になります。学ぶ→行動が変わる→成果が出る→振り返り・言語化する→組織の智慧として共有される——このサイクルが回らなければ、個人の学びは個人の中で終わってしまいます。L&Dの役割は、このサイクルを組織の中に設計することではないでしょうか。
6. 整理すると、こんなふうに考えられるのではないか
L&Dの固有の価値を問い直すと、二つの軸が見えてきます。
軸①:組織横断の視点を持つ唯一の機能
現場は縦に深い。L&Dは横に広い。業界トレンド・他部署の動き・組織全体のスキルの状況——これらを統合して見られるのは、L&Dだけです。「うちの会社全体として、何が足りていて、何を育てる必要があるか」を設計できる立場にある。
軸②:学びを「組織の智慧」に変える設計者
個人の学びを、組織の財産にする。成功を再現可能にし、失敗を繰り返さない仕組みをつくる。これは現場のリーダーにはできない、L&Dの本質的な役割だと思います。
そしてこの役割を担えているかどうかを測る指標は、「研修の修了率」ではありません。「ある成功事例が、組織の中で何度再現されたか」「ある失敗の記録が、何件の失敗を未然に防いだか」——こうした問いに答えられるかどうかが、L&Dの存在価値を証明することになるのではないでしょうか。
7. では、この設計をどう動かすか
ここまで読んで、「理屈はわかるが、現場に入るのは難しい」と感じた方もいるかもしれません。その感覚は正しいと思います。L&D担当者が全部署に常駐することは、現実的ではありません。
ただ、ここで発想を一つ転換することができます。
研修を「イベント」として設計するのではなく、「現場への定着までの旅」としてデザインする、という考え方です。ブレンディッドラーニングの本来の意味は、ここにあると私は思っています。
研修そのものは、旅の一通過点に過ぎません。L&Dが設計できるのは、その前後の現場との接点です。研修前に「現場で観察してきてほしいこと」を問いとして渡す。研修後に「実践してきたことを発表する場」を設ける。事後課題として「現場で試したことを言語化してもらう」。上司との対話の場を研修の一部として組み込む——こうした接点を意図的に設計することは、L&Dが今すぐできることです。
そしてこの設計が機能するかどうかは、L&D部門の努力だけでなく、「学習設計と現場の接点をどう構造化するか」をCHROや経営が問いとして持てるかどうかにも、大きくかかっていると思っています。
8. おわりに
「L&Dは、もうサポート機能ではない」という言葉は、正しいと思います。ただ、そこで終わると現実から遊離した理想論になってしまう。
大切なのは、「L&Dにしかできないことは何か」を問い、その価値を見えるようにすることです。
学びを個人の中に閉じ込めず、組織の智慧に変えていく。成功と失敗を組織全体の財産にする設計をする——これができる機能が、組織の中にあるかどうか。それが、これからの時代に問われているL&Dの存在意義だと、私は思っています。
この問いを、ぜひあなた自身にも持ち帰ってみてください。
あなたのL&D部門は、どの「層」にいますか。そして、その評価軸を設定しているのは、誰ですか。
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参照記事:iVentiv(2026年1月)/ Training Industry(2026年2月)/ Learning Guild(2025年12月)/ HR Dive(2026年1月)