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2026.09.30

【海外HRトレンド】"下積み"が消えるとき、人はどう育つのか

記事 / 写真 / 画像:LEARNING SHIFT INC.
【海外HRトレンド】”下積み”が消えるとき、人はどう育つのか
「AIが新卒の仕事を奪う」
——そう語られるとき、失いかけているのは雇用の枠ではないかもしれません。

海外の議論とデータから、若手の「育つ機会」に何が起きているかを読み解き、下積みが消えた組織で人を育てる3つの置き換えと、その前提になる「できた」の定義をお届けします。

あなたの組織に入ってきた新卒は、最初の一年で何をしているでしょうか。

議事録をとり、資料の下ごしらえをし、先輩の商談に同席し、データを整え、簡単な問い合わせに答える。かつて「下積み」と呼ばれたこの時間が、多くの組織の標準的な最初の一年ではないでしょうか。

しかし今、その仕事の多くを、AIが数秒でこなすようになりました。議事録も、資料の初稿も、一次調査も、定型的な問い合わせ対応も。当然の問いが浮かびます。若手が「経験を積む場」そのものが、消えていくのではないかと。

世界の有識者がどう論じているかを追いながら、この問いを正面から見つめてみたいと思います。

1. 世界では、何が起きているのか

2025年、この問題に最初に火をつけたのは、LinkedInの一本の論考と言われています。

「キャリアのはしごの、一番下の段が壊れつつある(The bottom rung of the career ladder is breaking)」

LinkedInの最高経済機会責任者、アニーシュ・ラマン氏がニューヨーク・タイムズに寄せたこの一文が、議論の出発点になりました。ジュニアのソフトウェアエンジニア、パラリーガル、小売のアシスタント—新人を育てるために存在してきた仕事が、次々とAIに置き換えられている。

これは印象論ではなく、しっかりとしたデータがあとから追いついてきました。

2. データが示す、静かな地盤沈下

スタンフォード大学のエリック・ブリニョルフソンらが2025年に発表した「Canaries in the Coal Mine(炭鉱のカナリア)」は、米国最大の給与計算データ(ADP)で生成AIの雇用への影響を捉えた研究です。

結論はこうでした。AIに最もさらされている職種で、22〜25歳の若手の雇用が相対的に約13%減少している。一方で、経済全体の雇用はなお伸びている。つまり打撃は「若手」に、それも「AIが人の仕事を”補完”するのではなく”代替”する職種」に集中していた。

研究者たちが若手を「炭鉱のカナリア」と呼んだのは、最初に影響を受ける存在だからです。若手の数字は、これから起きることの先触れだ、と。

これを育成の文脈で読むと、一つの重い含意が浮かびます。減っているのは「雇用の枠」だけではない。その仕事に埋め込まれていた「学びの機会」ごと、消えている。問題は、失業率よりも先に、育成の地盤のほうで進行しているのではないでしょうか。

3. 若手から奪われているのは、”仕事”ではない

この問題を考えるうえでもう一つ話題になったのが、カリフォルニア大学のマット・ビーン氏の著書『The Skill Code』(2024)です。

ビーンは、人が複雑なスキルを身につける条件を「挑戦(Challenge)・複雑さ(Complexity)・つながり(Connection)」の3つに整理しました。彼は、自動化はこの3つを静かに壊す、と説明しています。ロボット手術が普及した外科では、若手医師が手を動かす機会が減った。金融でも、取引が高速化する一方で、若手アナリストが基礎を体で覚える場が失われていると。

私がこの本から受け取ったのは、若手から奪われているのは”仕事”ではなく、”下手でいられる時間”ではないかということです。

下積みの本質は、生産性ではありませんでした。むしろ非効率で、失敗が多く、面倒で、だからこそ人は育ったのです。安全に失敗し、下手なまま試行錯誤し、先輩の背中から暗黙知を盗む。その「非効率」こそが、育成装置の中身でした。

AIは、その非効率を効率化します。そして効率化された仕事は、アウトプットは生んでも、人は育てない。ここに核心があると私は思っています。

4. 日本の現場に引き直すと

この問題は、日本にとって他人事ではありません。むしろ直撃です。

日本企業の人材育成は、長らくOJTを主軸にしてきました。「仕事を通じて育てる」「まず現場から」「見て覚える」——研修(Off-JT)よりも、現場の経験そのものが、事実上の育成インフラでした。

AIがその「仕事」を担い始めると、この育成インフラは足場を失います。皮肉なことに、「現場で鍛える」ことを最も得意としてきた組織ほど、そのやり方が揺らぐ可能性があります。

5. 私が読んだ4本

①「I’m a LinkedIn Executive. I See the Bottom Rung of the Career Ladder Breaking.」
出典:The New York Times(Opinion)/ Aneesh Raman|2025年5月19日
https://www.nytimes.com/2025/05/19/opinion/linkedin-ai-entry-level-jobs.html

ラマン氏は、悲観で終わっていません。「入り口の遅れは、10年で約2万2千ドルの生涯賃金の差につながりうる」と警告する一方で、KPMGなどの事例を挙げ、「AIにできること以上の価値を生む、より高度なタスクを新人に渡すよう、エントリー職を再設計せよ」と提言しています。問題提起と処方箋が同じ人物から出ているところに、議論の成熟度が表れています。

私がここに注目した:処方箋は「エントリー職を守れ」ではなく「渡すタスクを上げろ」だった。守るのではなく、上げる。

②「Canaries in the Coal Mine? Six Facts about the Recent Employment Effects of Artificial Intelligence」
出典:Stanford Digital Economy Lab/ Brynjolfsson・Chandar・Chen|2025年
https://digitaleconomy.stanford.edu/publication/canaries-in-the-coal-mine-six-facts-about-the-recent-employment-effects-of-artificial-intelligence/

印象論になりがちなこのテーマに、初めて大規模実データで輪郭を与えた研究です。重要なのは、ヘルスケアの補助職のように、若手の雇用がむしろ伸びている領域もあることです。「AIか、人か」ではなく、「その仕事でAIが人を置き換えるのか、人を強めるのか」——雇用の問題ではなく、設計の問題といえます。

私がここに注目した:若手の育成データは、組織の未来を映す先行指標として読むべきです。

③「The Skill Code: How to Save Human Ability in an Age of Intelligent Machines」
出典:Matt Beane(HarperBusiness)|2024年
https://books.google.com/books/about/The_Skill_Code.html?id=t8DWEAAAQBAJ

雇用データの外側で、「スキルはどう育つのか」を掘り下げた一冊。私が面白かったのは、規則を破ってでも学ぶ「シャドウ・ラーニング(影の学習)」ー就業後に一人で財務モデルを組み直す、こっそり手技の動画を見続ける—という観察です。人は制約下でも、学ぶ道を自分で見つける。そのうえで彼は、AIやVRで熟達の条件を”設計し直す”「デジタル・アプレンティスシップ」を提案しています。

私がここに注目した:制約があっても人は学ぼうとする。ならばL&Dの仕事は、その”影”を正規の学習環境として設計し直すことではないか。

④「AI and the Future of Entry-Level Work(How AI is Changing Early Careers)」
出典:World Economic Forum|2026年1月
https://reports.weforum.org/docs/WEF_Briefing_AI_and_Entry-Level_Jobs_January_2026.pdf

有識者の議論を、企業の実装課題へと橋渡しする最新のブリーフィング。WEFの『Future of Jobs Report 2025』は、2030年までに必要スキルの39%が変わると予測していますが、核心は別の一文にあります。「タスクを自動化しても、学習環境まで自動化してはならない(automate the task, not the learning environment)」。エントリー職を削るなら、そこに埋め込まれていたアプレンティスシップ・ローテーション・メンタリングを別の形で残さなければ、組織は将来のリーダーを育てる回路を失う。WEFはこれを「キャパビリティ負債」と呼びます。

私がここに注目した:「キャパビリティ負債」という言い方が効きます。育成の穴は決算書に載らないまま、数年後に効いてくる。

6. 記事を読んで、私が考えたこと

これらの議論を読みながら、私は自分の若い頃を思い出していました。

昭和世代の発想だと言われるかもしれません。一日に百件を超える企業に飛び込み、同じくらいの数の電話に応対していました。ほとんどは断られ、記録にも残っていない。けれど、あの数の中で確かに身についたものがありました。相手の状況を想像する力。電話口の最初の一言の言葉遣い。断られても次の扉を叩く度胸。誰かに教わったのではなく、数をこなすうちに勝手に育っていたものです。

あの経験が今も必要かと言われれば、必要ないのだと思います。AIのほうが速く、正確で、消耗もしません。ただ、あれが「もう不要な仕事」であることと、「何も育てていなかった」ことは、まったく別の話です。私を育てたのは仕事の中身ではなく、意味があるかわからないことを大量にやり続けた、その総量のほうでした。

ただ、経験はそれ自体では人を育てません。育てるのは、経験を内省し、知恵に変え、次に活かすところまでの回路です。下積みの時代は、量が圧倒的だったから、その一部が自然に知恵に変わっていた。

あるお客様の現場で、一次調査をすべてAIに任せた若手が、「速いけれど、自分が何をわかっていないのかが、わからなくなった」と言いました。鋭い言葉だと思いました。下積みは、”できない自分”に何度もぶつかる時間でもありました。その摩擦が消えると、成長の起点である「わからない」の自覚まで、静かに消えてしまう。

だとすると、AIがこの問題を通じて私たちに投げかけているのは、こういう問いです。“高い量の経験”を、”高い質の内省”で置き換えられるか。

これはむしろ、L&Dにとっての好機だとすら思っています。偶然の下積みが消えるなら、意図した学びを設計するしかない。私がずっと大事にしてきた「学ぶ→行動が変わる→成果が出る→振り返り・言語化する→組織の智慧として共有する」という回路を、若手育成の中心に据え直すということです。

7. 整理すると、こんなふうに考えられるのではないか

「下積み」という仕事は、3つの機能が束ねられた装置でした。AIはそのうちの1つ—反復の量—を奪います。しかし残る2つは、設計次第でむしろ強められる。装置を分解し、置き換えるのが、これからの育成だと思っています。

① 反復の”量” → 経験の”密度”へ
AIを足場にして、本来まだ扱えない”複雑な問題”に早く触れさせる。量では負けても、一件あたりの密度で育てる。ラマン氏の言う「より高度なタスクを渡す」は、この意味でこそ機能します。

② 偶然の”失敗の場” → 設計された”模擬の場”へ
仕事が効率化されると、安全に失敗できる場は自然には生まれません。つくるしかない。参考になるのが、パイロットや宇宙飛行士の育成です。彼らは本番の回数を積めません。だからこそ本番に近い状況を模擬でつくり、平常時ではなく異常時——トラブルが起きてからどう立て直すかまでを、繰り返し体に入れます。WEFの言う「学習環境まで自動化するな」とは、本来ここまでを指すはずです。

相応のコストがかかるため、これまでは失敗が人命に直結する領域でしか成立しませんでした。学習デザインとテクノロジーでコストが下がれば、同じ考え方はもっと広い職種に開きます。ビーンの言う「デジタル・アプレンティスシップ」も、突き詰めればこの話です。

③ 見て盗む”暗黙知” → 言語化された”知恵の還元”へ
背中を見て覚える時間が減るなら、ベテランの暗黙知を言語化し、組織に還元する仕組みが要ります。「誰かの成功から他の人が成功し、誰かの失敗のおかげで他の人が失敗しない」—この学習する組織の回路を、意識して回す。

+ その経験でなければならないのか
量が減るだけでなく、経験そのものが積めなくなることもあります。私がやっていた飛び込みを、いまの若手に同じ形で積ませようがない。そのとき問うべきは「その経験をどう再現するか」ではなく、「その経験は何を鍛えていたのか」です。相手の状況を想像する力も、断られても次を叩く度胸も、飛び込みでしか育たないわけではありません。得たい能力から逆算し、別の経験で鍛えられないかを探す——能力の定義が具体的であるほど、経験は代わりが利きます。

そしてこれらを貫く一本の軸が、内省(リフレクション)です。どれも、内省を経なければ知恵にはなりません。AIが経験の”量”を肩代わりする時代に、人を育てる最後の一手は、内省の設計になる——私はそう考えています。

8. おわりに

「AIが若手の経験を奪う」という語られ方を、私は少しだけ立て直したいと思っています。

奪われているのは、経験の”量”であり、ときにその経験自体です。残せるし、むしろ強められるのは、経験を知恵に変える”回路”のほうです。偶然に任せてきた育成を、初めて意図的に設計できる組織と、そうでない組織の差は、これから数年で、静かに、しかし決定的に開いていくのではないでしょうか。

あなたの組織の若手は、いま「経験」を積めていますか。その経験は、誰かの内省を経て、組織の知恵に変わっていますか。そして—「何ができたら一人前か」を、年数以外の言葉で説明できるでしょうか。

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*参照記事:The New York Times/Aneesh Raman(2025年5月)/ Stanford Digital Economy Lab(2025年)/ Matt Beane『The Skill Code』(2024年)/ World Economic Forum(2026年1月)*
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