2026.10.19
伝えても動かない方針は、研修として設計すると実行される

止まっているのは、方針説明を「伝える場」として組み立てているからです。聞く側にとって、方針説明は新しい仕事のやり方を学ぶ場面です。そこを研修と同じように設計すると、現場の受け止め方が変わります。
1. 何度説明しても、新しいサービスは売られなかった
ある研修会社で、営業マネジャーが新しい研修サービスの販売をチームに任せました。会議で狙いと中身を説明し、資料を配り、翌週もう一度説明しました。メンバーは毎回「分かりました」と答えます。それでも一か月たって、提案書にこのサービスは一度も出てきません。
マネジャーは説明が足りないと考え、資料を作り直し、事例を集め、回数を増やしました。結果は同じでした。
ところがメンバーの側に立つと、売らないのは当然でした。いまの研修には、何年も積み上げた実績とお客様の評価があります。新しいサービスは説明を一度聞いただけで、お客様に聞かれたら答えられるか分からない。立場が逆なら、マネジャーも同じことをしたはずです。
皮肉なのは、このマネジャーが研修をつくる側の人間だったことです。研修を設計するなら、講義を浴びせて終わる組み立ては決してしません。それなのに自分のチームには、まさにそれをしていました。
2. 方針説明会は、講義だけの研修になっている
六十分のうち五十五分が説明で、最後の五分が質疑。多くの方針説明会は、研修に置き換えれば、演習も振り返りもない講義だけの研修です。研修の企画書としてこれが出てきたら、人材開発の担当者は真っ先に直すはずです。
学習というと、知識を覚えることだと思われがちですが、実際はもっと広いものです。新しい方針を、自分の仕事のやり方に取り込むまでの過程も、学習です。 そう捉えると、方針説明にも研修と同じ設計が要ります。聴ける状態をつくる、自分の仕事に引き寄せて考える、仕事で試す、振り返って共有する、の四つの段です。弊社はこの切り替えを、情報伝達型から実践対話型へのシフトと呼んでいます。
一言で言うと、方針説明会は、すでに研修です。違うのは、研修として設計されているかどうかだけです。
3. 方針は、伝える人が自分の経験で語ると響く
四つの段のうち、最初の「聴ける状態をつくる」を担うのが、ストーリーテリングです。
方針を伝えることと、ビジョンを語ることは違います。方針を伝えるときに話すのは「何をするか」です。ビジョンを語るときは、話す本人が「なぜそれを実現したいのか」を話します。
先ほどのマネジャーが三回の説明で話したのは、サービスの狙いと中身と売り方でした。そこに、マネジャー自身はいませんでした。もし、こう話していたらどうでしょうか。「研修のあと三か月で、職場が元どおりになっているお客様を何度も見てきた。そのたびに悔しかった。研修のあとまで一緒に走れるサービスを、どうしても届けたい」。
こう話せば、メンバーには方針が、一人の人の経験と思いとして届きます。ビジョンが響くのは、語る人が自分の経験と結びつけ、自分のこととして話すからです。
裏返すと、課長が会社の方針を自分の経験で語れないなら、課長自身がまだその方針を学び終えていません。方針説明の準備で最初にすることは、資料づくりより、伝える本人が「自分はなぜこれをやりたいのか」を振り返ることです。
4. 理解が深まるのは、認知とその根拠を共有したとき
伝える側が語ったら、次は聞く側の番です。ここでは対話を使います。
対話というと意見を出し合うことだと思われがちですが、意見を並べるだけなら「売れます」「売れません」で終わり、どちらの考えも変わりません。対話で共有するのは、その意見を持つに至った根拠です。
根拠を整理する道具が、認知の4点セットです。表に出ている意見の下に、その人の経験、経験に紐づく感情、さらに奥の価値観がある、と分けて見ます。第3章でマネジャーが語ったのも、方針という意見の下にある経験・感情・価値観でした。自分の認知とその根拠を言葉にして、互いに見せ合う。これを弊社では認知の共有と呼んでいます。
先ほどのチームで、二人が認知を共有したとします。ベテランは「いまのお客様には、いまの研修で十分です」と言います。その下には、長年の研修でお客様と信頼を築いてきた経験と、その関係を崩したくない不安と、お客様の信頼を守るという価値観があります。若手は「提案してみたいけれど、聞かれたら答えられません」と言います。その下には、説明を一度聞いただけという経験と、準備のないままお客様の前に出る怖さと、お客様に中途半端なものを出したくないという価値観があります。
意見だけを並べると、一人は反対、一人は賛成です。根拠まで並べると、二人ともお客様に誠実でいたいという同じところから話していると分かります。足りなかったのは説明の回数ではなく、お客様の前で答えられる準備でした。三度の説明では、一度も出てこなかった話です。
方針を理解するとは、自分の受け止めとその根拠を言葉にし、ほかの人のそれと照らし合わせることです。そこで初めて、方針が自分の仕事の言葉になります。
5. 次の方針説明に、隣どうしで話す二分を三回入れる
認知の共有に、長い時間は要りません。次に方針を伝えるときは、説明を三つに区切り、区切りごとに隣の人と二分だけ話してもらいます。問いは二つです。「いまの話を、自分の仕事ではどう受け止めたか」「そう思ったのは、どんな経験からか」。
最初の区切りの前に、伝える側が「自分はなぜこの方針を実現したいのか」を、経験と思いから三分で語ります。二分が終わったら、二、三組に一言ずつ聞きます。合わせて十分足らずですが、言葉にした人には自分の受け止めが見え、伝える側には説明のどこで引っかかっているかが見えます。研修なら、ごく普通の設計です。
視座の転換
研修の設計者は、講義だけの研修をつくりません。方針説明も同じです。伝える人が自分の経験で語り、聞いた人どうしが認知を共有する時間を、最初から組み込んでおきます。戦略は、伝えた量ではなく、現場が学んだ量だけ実行されます。
——この半年の方針説明で、聞いた人どうしが自分の受け止めとその根拠を話す時間は、何分ありましたか。
出典
- 熊平美香『リフレクション(REFLECTION)自分とチームの成長を加速させる内省の技術』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年

