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2026.06.15

【学習の科学】「満足度が高いのに現場が変わらない」—LTEMが研修設計に問いかけること

記事 / 写真 / 画像:LEARNING SHIFT INC.
【学習の科学】「満足度が高いのに現場が変わらない」—LTEMが研修設計に問いかけること
研修後アンケートを回収すると、満足度は4.5。受講者の表情も悪くない。「良い研修でした」という声も届く。
それから3ヶ月後、現場の上司からこんな言葉が届きます。「あの研修、効果ありましたか? 正直、何も変わっていない気がするんですが」
人材開発担当者なら、一度は経験するジレンマです。何が原因なのか。研修の内容が悪かったのか。受講者の意欲の問題か。上司の関与が足りなかったのか——原因の特定もできないまま、また次の研修の企画が始まります。

この「満足度は高いが現場が変わらない」という構造を解明するヒントが、Will Thalheimer(ウィル・タルハイマー)が開発したLTEM(Learning Transfer Evaluation Model:学習転移評価モデル)に詰まっています。LTEMが優れているのは、評価の「レベル」を示すだけでなく、そのレベルに到達するための学習設計への示唆が内包されている点です。

1. カークパトリックの限界——「何を測るか」は教えてくれるが、「どう設計するか」は教えてくれない

研修効果測定の世界標準として使われてきたカークパトリック・モデルは、評価を4段階に整理しています。

レベル内容
Level 1 : 反応受講者の満足度・感想
Level 2 : 学習知識・スキルの習得度
Level 3 : 行動現場での行動変容
Level 4 : 成果業績・組織成果への貢献

このモデルは「どのレベルまで成果を確認するか」という問いへの答えを整理するのに役立ちます。しかし、一つの問いには答えてくれません。「Level 3(行動変容)を達成するためには、研修をどう設計すればよいのか」という問いです。

「Level 3を目指しましょう」とは言える。しかし、Level 3に到達するための設計指針は、カークパトリックの枠組みからは導けません。担当者はLevel 3を「目標」に掲げながら、実際には研修内でLevel 1と2の確認しかできていない——このギャップが、「満足度は高いが現場が変わらない」現象の一因です。

2. LTEMの8つの階層——出席から「転移の効果」まで

LTEMは、学習の成果を8つの階層で整理しています。下から上に向かうほど、「現場での実践」に近づきます。

多くの研修の効果測定は、階層1〜4で止まっています。特に「満足度アンケート」は階層3の一部であり、LTEMの視点では「学習の成功を検証するには不十分」と明示されています。受講者が「満足した」「理解できた気がする」と感じることと、現場でそのスキルを実際に使えることは、別のことだからです。

「満足度アンケートで4.5点が出た」という報告を受けた経営層が「研修の効果があった」と判断する——この図式が多くの企業で繰り返されています。アンケートが「受講者の体験を測る」道具として適切であることは確かです。しかしそれは、「現場が変わったか」を証明する道具ではありません。LTEMの視点に立つと、研修後アンケートは階層3の計測でしかなく、階層5以上——つまり実際に使える状態になったかどうか——は、別の設計と別の測定方法が必要になります。

3.「知っている」と「使える」の間にある深い溝

LTEMの最も重要な洞察のひとつが、階層4(知識)と階層5(意思決定能力)の間にある溝です。

知識を持つとは、「SPINという質問手法がある」と言えることです。しかし意思決定能力とは、「この顧客との商談の、このタイミングで、SPIN話法のこの種類の質問を使う」と判断し、実行できることです。

この差を埋めるのが、活用イメージ判断軸の形成です。

  • 活用イメージ: 自分の仕事の「どの場面で」「誰に対して」「どう使うか」が具体的に描けている状態
  • 判断軸: 実際の状況に応じて「いつ使い、いつ使わないか」を判断できる基準を持っている状態

多くの研修が階層4で止まるのは、設計の中に「活用イメージを形成する機会」が含まれていないからです。知識を教えることと、知識を使う場面を想像させることは、まったく異なる設計が必要です。

「フィードバックの方法を学んだ」という研修を終えた管理職がいたとします。知識としては「ポジティブフィードバックと改善フィードバックのバランスが大切だ」とわかっている。しかしそれだけでは、明日の1on1で「このタイミングで、この言葉を選んで伝える」という判断はできません。階層4(知識)と階層5(意思決定能力)の間には、「自分の具体的な職場の場面に照らし合わせて考える」プロセスが必要です。それが研修設計に組み込まれていない限り、知識は知識のまま眠ります。

4. 設計への示唆——評価することと設計することを一体にする

LTEMが特に優れているのは、各階層の「評価方法」と「学習活動の設計」が対応していることです。「どこまで到達させるか」を決めることが、「どう設計するか」を直接決めます。

研修の設計者が「この研修では、受講者に階層5(意思決定能力)まで到達してほしい」と決めた瞬間に、「ならば、現場の職場シナリオでの判断演習が必要だ」という学習活動の方向性が自動的に決まります。

評価の目標が、設計の指針になる。 これがLTEMの核心であり、カークパトリックとの最大の違いです。

5. 研修をラーニングジャーニーにする

LTEMの視点で見ると、「1日の集合研修」で到達できる階層は、設計次第で階層5(意思決定能力)あたりまでです。階層6(タスクコンピテンス)以上——つまり現場での実際の行動変容——に到達するためには、集合研修の後に現場実践とリフレクションのサイクルが必要になります。

この一連の流れを「ラーニングジャーニー」と呼びます。集合研修は出発点に過ぎず、現場実践とリフレクションによる経験学習まで含めて設計することが、本当の意味での研修設計です。プログラム・コース・コンテンツという3つの手段レイヤーの詳しい設計については、「【戦略】ゴールが決まれば、研修は『設計』できる——4つのデザインレイヤーと学習理論の使い方」を合わせてお読みください。

単発の研修を「やりっぱなし」にしないための問いは、シンプルです。

「この研修が終わったあと、受講者が現場で『最初に試すこと』は何ですか?そして、それを試した結果を振り返る機会は、いつ・どこで・誰と設けますか?」

この問いに答えられる設計になっているとき、研修はラーニングジャーニーの一部として機能しています。

答えられない研修は、事実上「集合研修の当日まで」しか設計されていない、ということです。ラーニングジャーニーの発想は、担当者に「研修後の風景をデザインする責任」を求めます。学んだあと、受講者は現場で何をするのか。うまくいかないとき、誰に相談できるのか。成果が出たとき、それをどう評価するのか——これらの問いに事前に答えを持っていることが、転移(階層7)まで到達する設計の条件です。

視座の転換

LTEMが私たちに問いかけているのは、「何を測るか」ではなく、「何を目指して設計するか」です。測定の目標が階層3(満足度)に設定されている限り、研修は「良かった」で終わります。測定の目標を階層6〜7に設定したとき、初めて「現場で何が変わったか」を問う設計が生まれます。

研修の設計と効果測定は、別々に考えるものではありません。目指す階層を決めることが、設計を決める——この一体感こそが、LTEMが人材開発担当者に届けてくれる最も実践的な洞察です。

ここで、ひとつ問いを置きます。

あなたの研修の効果測定は、どの階層を証明しようとしていますか。
そして、その階層に到達するための学習活動は、研修の中に設計されていますか。

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