ラーニング・エコシステムの概要や特徴について別記事でご紹介しましたが、「具体的に構築するにはどこから手をつけていいのだろう」と、疑問に思っている人も多いかもしれません。
ラーニング・エコシステムの構築には手順があり、5つのステップを踏んで進めていくのが基本です。
本記事では、ラーニング・エコシステムの全体像と、最初の2つのステップについて解説します。
1)ラーニング・エコシステムを構築する5つのステップ
ラーニング・エコシステムとは、研修の場から仕事の中での学び、新しいスキルを試す場所、そして学習サポートまでをワークフローの中で循環させ、学び合いの文化を生み出す「学びの生態系」です。
そして、この学習生態系をプロデュースし、学習者に適切な学びを提供することが、人材開発担当者の役割です。
ラーニング・エコシステムを構築する目的は、事業戦略の実現を学びの視点からサポートしていくことにあります。そうした取組みをしていくために、ラーニング・エコシステムは、以下5つのステップで設計していきます。
- 学習戦略の立案
- 学習戦略に基づく生態系のデザイン
- コンテンツ整備(作成・キュレーション)
- 学習参画の仕組みづくり
- 学習データ分析・活用
ラーニングエコシステム構築手順についてざっくり説明しますと、人事開発担当者は最初に、経営戦略を実現するために学習をどのように位置付けるか、「学習戦略」を立てます。そのうえでラーニング・エコシステムをデザインし(「学習生態系のデザイン」)、必要な学習コンテンツを作成・収集・整備していきます(「コンテンツリソース作成」)。コンテンツはすべて最初から作ろうとせずに、キュレーションを活用して必要なものをどんどんそろえていきます。
作成したコンテンツを従業員から確実に利用してもらいたいのなら、単に用意しただけでは不十分です。「学習参画の仕組み」では、従業員に日常的に学びたいと思ってもらう仕組み作りに取組みます。そして最後は、実践で得たデータを基に、PDCAを回し改善していきます(「学習データ分析・活用」)。
ラーニング・エコシステムの構築は広く・深くという表現がピッタリ当てはまるほど大掛かりなもので、どのように展開していくのか、ざっと聞いただけではピンとこないかもしれません。
もう少し具体体的なイメージを持ってもらうために、次の章では「学習戦略の立案」を、その次の章では「学習生態系デザイン」についてそれぞれ説明します。
2)STEP1:学習戦略の立案
「学習戦略の立案」とは、経営戦略の実現に最適な学習戦略を構築することです。
このフェーズでは、経営戦略の実行に際し、人事としてどう貢献できるかを念頭に置きながら
- どのようなラーニング・エコシステムを構築することが最適か
- そのうえで、ラーニング・プラットフォームをどう使い分けていくか
を検討することがポイントになるでしょう。
具体的には、以下にご紹介する企業内学習戦略の5つの要素を検討しながら、作業を進めていきます。
上の図を見て分かるとおり、学習戦略の立案は、5つのステップを踏んで完成させます。各ステップについて詳しく見てみましょう。
#1.ビジョン・ミッション
「ビジョン・ミッション」はいわば、ラーニング部門の会社に対する約束のことです。「会社のビジョンやミッションは分かるけれど、部門のそれは聞いたことがない」かもしれませんが、ラーニング部門が存在する意義や理由、目指すゴールというとイメージしやすいでしょう。社員全員を対象とするのか、経営陣を育成するのかによってビジョン・ミッションの定義は異なります。
ビジョン・ミッションが学習戦略立案の最初にくるのは、戦略の土台を作る役割があるからです。ビジョン・ミッションを決めることで、次に続く
- ラーニングのスコープ
- 会社内のポジショニング
- 運営モデル
が方向づけられ、最終的にラーニングのポートフォリオができあがります。
#2.ラーニングのスコープ(活動領域)
「ラーニングのスコープ」とは、ミッションと整合性のある活動領域を定義することです。
具体的には
- サービスを提供する相手
- 目標・成果の定義
- 実現に向けてすべきこと・しないこと
などを決めていきます。
#3.会社内のポジショニング(位置付け)
ビジョン・ミッションから活動領域を定義すると、ラーニング部門の立ち位置が明確になります。それが、「会社内のポジショニング」と呼ばれている要素のことです。
例えば、ラーニング部門として独立しているか、ある事業部の中に組み込まれているかで影響力が異なるなど、ラーニング部門の立ち位置には、組織構造におけるメリットやデメリットがあります。ラーニング部門が置かれている立場や、それに伴うメリット・デメリットについて十分理解したうえで、次の運営モデルに進みます。
#4.運営モデル
ラーニング部門が担う役割を明確にするのが、「運営モデル」と呼ばれている要素です。
ラーニング部門が取組む主な事業には、
- プロダクト開発
- プロダクトの供給
- インフラ支援
- コンサルサービス
などありますが、どの作業に力を入れるのか、どの範囲まで作業をするのかは、組織によって異なります。
運営モデルを明確にすることで、何をすべきかが分かるようになり、次の「ラーニングのポートフォリオ」へとつながります。
#5.ラーニングのポートフォリオ
企業内学習戦略の5番目の要素が「ラーニングのポートフォリオ」です。ラーニングのポートフォリオでは、#1~#4の結果を踏まえて、提供する学習の目標との整合性やサービスの優先順位などを検討します。
学習戦略を立てると、それに合わせて効果測定の指標も変わります。
学習生態系全体を評価するには、以下のデータストーリーを見ます。
①エンゲージメント
②ソーシャル
③コンテンツ
④スキル
例えば、学習生態系全体で、どれだけ学習に参画したかを知るには、エンゲージメント(有効ユーザー数など)が指標になりますし、学んだことを他の人にどの程度還元したかどうかといった、ソーシャルストーリーも把握する必要があります。ラーニング・エコシステムでは、学習者が自由にコンテンツを利用し、自ら作成・配信することもできます。どんなコンテンツが人気なのか、現場ではどのようなコンテンツが作成されているのかを知ることは、経営戦略を実践していくうえで大きく役立ちます。また、「分かる」から「できる」を確認するには、スキルを評価する必要があります。
このように学習戦略の立案では、学習の目的から効果測定までを決めていきます。それを踏まえたうえで、次の「学習生態系デザイン」に進みます。
3)Step2: 学習生態系デザイン
「学習生態系のデザイン」とは簡単に言うと、ラーニング・エコシステムをプロデュースすることです。
ラーニング・エコシステムの構成要素と各役割について、以下にまとめました。
要素 | 役割 |
①学びの場 | 研修やオンライン討論、ディスカッション、仕事の共有などを通じて、そこにいる人々が学び合える場を提供する |
②新しいスキルを試す場 | ①で学んだことを練習できる環境を提供する |
③仕事の中で学ぶ仕組み | 仕事中と並行して学ぶニーズに対応するためのシステムを整える |
④ナレッジサポート | 学習者をサポートするためのコンテンツを用意・提供する |
⑤学習ガイド | 学習者が、最短で「わかる」から「できる」ようになる学習方法とその手段を選べるようガイドする |
ラーニング・エコシステムをプロデュースするうえでのポイントは、各要素の役割を踏まえたうえでフォーマル・ラーニングとインフォーマル・ラーニングの両方を①~⑤に組込み、必要に応じて使い分けることです。
学習者は研修といったフォーマル・ラーニングから学ぶだけでなく、研修以外の場でも多くのことを学んでいます。そして、フォーマル・ラーニングとインフォーマル・ラーニングの割合は、10:20:70と、圧倒的にインフォーマル・ラーニングの方が学びを提供しているのです。
例えば、新たなスキルを効率的に学ぶには、フォーマル・ラーニングが適しています。しかし、現場で学
習する際、フォーマル・ラーニングだけでなく先輩社員のノウハウや経験から学ぶインフォーマル・ラーニングも、学びに大きく貢献するでしょう。
フォーマル・ラーニングとインフォーマル・ラーニングを組み合わせることに加えて、もう1つ留意するのは、このリスキリングの時代(これまで求められないスキルが多く求められている)、成果を出すためには新しいスキルの習得が必須であることも考慮しなければならないという点です。
必要なスキルを最短で身につけるには、”学ぶ順番”があります。
①フォーマル・ラーニングで体系化されたナレッジを段階的に学びできるようになるベースを作る
②①を試す中で生じた課題や問題を解決するためインフォーマル・ラーニング(ちょっとしたTIPS情報や、周囲からのアドバイス、経験からの振り返りなど)が実践できる環境を整える
このように、企業内学習は公式学習(フォーマル)と非公式学習(インフォーマル)の組み合わせですが、順番にデザインするのが理想です。次の章では、各ラーニングについて設計上のポイントについて説明します。
4)フォーマル・ラーニング設計上のポイント
フォーマル・ラーニングを設計する際の最大のポイントは、パフォーマンス・ラーニングでデザインすることです。
これまでのフォーマル・ラーニングは、「インフォメーション・ラーニング(一方通行の情報インプット型)」でした。
しかし、これからは
良質なコンテンツ→練習→フィードバック→リアルジョブシナリオでの証明
をデザインできる、パフォーマンス・ラーニングでデザインすることが不可欠です。
具体的には、下図の学習シーンを研修の目的などによって使い分けたり組み合わせたりします。
フォーマル・ラーニングは意図的にデザインできるため、「測定する」「教わる」「練習する」「学ぶ」「測定する」「応用する」という一連の学びを実践できる「パフォーマンス・ラーニング」を意識して設計することが大切です。
5)インフォーマル・ラーニング設計上のポイント
インフォーマル・ラーニングの特徴には、以下のようなものが挙げられます。
- フロー型(タイムライン)の学び
- 対話や創発向き
- 偶発的な学習形態
- 分散型のナレッジ
- 鮮度の高い情報を活用
インフォーマル・ラーニングは、同僚との何気ない世間話やネット検索で発見したことから、実務を通じて得た経験まで多岐にわたります。
どちらかというと偶発的な要素が強いため、フォーマル・ラーニングと比べて計画を立てにくい点に留意する必要があるでしょう。
インフォーマル・ラーニングを設計するうえでのポイントは、以下の4つです。
①現場の経験・考察とベストプラクティスの抽出・共有
②仲間とのディスカッション・ノウハウ共有
③ジャストインタイムの学習
④専門的な知見・匠の技術の伝承
日頃から社内を歩き回り、現場の経験や専門的な知見、技術を収集し、どのように共有できるかを考えることが重要なポイントです。ラーニング・プラットフォーム上に、誰でも気軽に参加し情報をシェアしたり対話したりできるラーニングサークルを設置するというのも1つの案でしょう。
6)まとめ
ラーニング・エコシステムを構築する5つのステップは、以下のとおりです。
①学習戦略の立案
②学習戦略に基づく生態系のデザイン
③コンテンツ整備(作成・キュレーション)
④学習参画の仕組みづくり
⑤学習データ分析・活用
本記事では、①と②について詳しく解説しました。
「学習戦略の立案」では5つの要素を理解しそれにそって立案していくこと、学習生態系デザインでは、フォーマル・ラーニングとインフォーマル・ラーニングの両方を意識したデザインが、それぞれポイントです。
ラーニング・エコシステムを構築するプロセスには、抑えておくべきポイントが多数あります。解説したことを十分に消化してから、次のフェーズに進みましょう。