研修効果測定は、その研修が成果につながるかどうか、つまり対投資効果があったかどうかを確認する点において非常に重要です。
しかし
・ビジネスの成果は環境を含め複数の要因に左右される傾向がある
・研修で学んだことが成果につながるまでに一定の時間がかかる
・すべての人に対して一律に効果のある研修プログラムの設計は困難
といふうに、さまざまな要因の重なりが研修効果測定を難しくさせています。
できるだけ有効な研修効果を実施するポイントは、研修の成果を定義したうえでどのような研修効果測定をすべきかを検討することです。
本記事では、有効な研修効果測定のベースとなるトップダウン/ボトムアップの考え方について解説します。
1) 研修効果測定の重要性
企業内学習に求められているのは、「売上につながるもの」であることです。
しかし、時間と予算が限られる中で取り組まなければならず、「投資したコスト以上の効果」を期待することが難しくなってきています。
「リスキング」という言葉を耳にする機会も増えてきました。これは、新しく求められる役割や仕事に必要な知識・スキルをいち早く習得することが重要視されていることを意味しています。
このような企業内学習の役割の変化により、研修効果測定の重要性はますます高まりました。それと同時に、測定方法の見直しも必要となってきたのです。
企業内学習が目的に適っているかどうかを確認するには、研修後のアンケート結果だけでは不十分です。今こそ研修の効果を測定する方法の見直しが、人材開発担当者に求められています。
1)-1 成果を生産性と捉えることの意義
有効な効果測定をするには、「成果」をどのように定義するかがポイントです。「成果」の解釈に個人差はありますが、一般的に共通してよく言われるのは成果を生産性として捉えることです。
研修を受けて「わかった」ことが「できる」ようになれば、組織の生産性は向上します。
そして、「その研修は企業の競争優位性を高める学びであった」と評価できるでしょう。
生産性は、「学びを通じて生み出すことができる業績・成果」を「投入する時間・コスト・人員」で割って算出されます。
生産性というと、研修の開催に必要な交通費や宿泊費の削除など、DXによってどれだけコストを削減できるかといった点に焦点があてられがちです。
しかし、研修における効果測定は、分子にある「業績・成果」の最大化に焦点をあてています。
そして、研修がこの業績/成果にどれだけの影響を与えたのかを検証する方法には、「トップダウン」と「ボトムアップ」2つの考え方があります。次の章からは、両者の考え方について説明します。
2) トップダウンの考え方と効果測定のデザイン
「学びを通じて生み出すことができる業績・成果」を確認するためには、成果の定義から逆算した学習デザインが必要です。
なぜなら、学習が成果に結びつくまでのロジックには段階があり、スタートからゴールまでストレートにつながっていないからです。
スタートからゴールまでの段階は、評価測定モデルの定番として知られている「カークパトリックの4段階評価」を見ると分かります。
1-1 カークパトリックの4段階評価とは
カークパトリックの4段階評価(以下4段階評価)とは、ドナルド・カークパトリックが1959年に提唱した教育の評価表で、下図のように異なる評価を4段階に分けています。
4段階評価は、レベル1から始まり、レベルが上がるにつれてゴールに近づいていきます。
このモデルによれば、成果に至るまでには「行動(できる)」「知識(知っている)」「マインドセット(当事者意識・目的意識)」の土台ができている必要があることになります。
つまり、効果のある研修を設計するには、ゴールに設定した業績・成果をしっかりと定義してたうえで、ゴールから逆算して行動変容を定義することが有効なのです。
実際に学習設計する時は、最初にレベル4を定義し、
①レベル4を達成するために必要な行動は(レベル3)?
②行動するために必要な知識・スキルは(レベル2)?
③知識やスキルを得るために必要なマインドは(レベル1)?
というふうに作業を進めるため、モデルの上から順に見ていきます。
1-2 4段階評価をベースにした効果測定の例
各レベルにおける評価測定の特徴をまとめると、以下のようになります。
- レベル1「反応評価(マインドセット)」:アンケートや、研修修了後のアクションプランシート(行動計画書)に書いてある内容から、研修の質を判断する。
- レベル2「理解度」:試験で知識の理解度を確認する。得た知識の活用方法をどの程度イメージできているか学習者に文章化してもらう、またはプレゼンで説明してもらう。
- レベル3「行動変容」:実際に職場でやった結果の振り返り、インタビュー調査(上司・先輩)などを実施して行動に変化が現れたかどうか確認する。
ソフトスキル(コミュニケーション・営業商談力)の場合は、ロールプレイングを実施してもらい、できているかどうかを評価する。
- レベル4「成果」:量的・質的データを活用して学習者や職場における成果を測定する。
ただし4段階評価も進化し、現在ではこれから紹介する6段階評価で整理される傾向にあります。
2-1 6段階評価と新たな効果測定の視点
4段階評価モデルでは研修の目的を達成したかどうかの測定はできても、従業員のパフォーマンス向上につながった研修かどうか十分に測定しきれないとする学者は少なくありません。
そこで登場したのが、6段階評価モデルです。
この6段階評価モデルは、4段階評価の改良版ともいえるもので、効果測定評価を次の6レベルに分けています。
- レベル1:反応評価
- レベル2:理解度(テスト)
- レベル3:行動変容
- レベル4:ビジネス成果
- レベル5:ROI(組織・個人の投資対効果にどれだけ貢献できたか)
- レベル6:貢献(参加者の中長期での潜在的な可能性をどれだけ増やすことができたのか)
2つのレベルが増えた背景として「研修は競争優位性を発揮することにつながらなければならない」という考え方が、ますます強くなったことが挙げられます。
評価に「ROI」と「貢献」を追加することで、研修が学習本来の目的である「企業の利益を上げる」ことにつながったかどうか適切に評価できるとしているのです。
2-2 個人を視点とした効果測定
レベル5・レベル6の観点以外にも、新たな観点が生まれました。それは、「個人視点」と「チーム・組織視点」という2つの視点です。
6段階評価モデルを、「個人視点」と「チーム・組織視点」に分けて考えてみましょう。
個人の視点で見ると、学習者の態度や反応に測定のポイントが置かれていますが、視点がチーム・組織の場合、「周囲に紹介したい研修内容だったか(反応)」「自律的かつ効率的に習得できたか(学び)」「ビジネスをどれだけ進化させ、利益を上げイノベーションが生まれたのか(ROI)」というふうに、個人の視点とは異なった点が測定の対象となります。
この流れから、未来・チーム視点を取り入れた効果測定に取り組んでいる企業も出てきました(例えば、レベル1で「周囲に紹介したい/伝えたい」気持ちが出たどうか確認するために「本研修を他の人に紹介したいですか?」というアンケートを取るなど)。
これからの研修効果測定には、「個人」「現在」だけでなく「チーム・組織」と「未来」を見据えた中期的な可能性をどれだけ伸ばせたか、という視点が不可欠になってくるでしょう。
3 効果測定を意識した学習設計の手順
学習設計の手順は、以下のステップを踏みます。
STEP1: ビジネスインパクトを定義する
ここでいうビジネスインパクトとは、ゴールのことです。
ゴールを明確にすることで、学習設計の土台が出来上がります。
STEP2: ビジネス目標実現のための戦略を立てる
ビジネスインパクトを実現するための戦略や施策を立て、それを計測するための指標(KPI)を設定します。
STEP3: KPIにつながる「マインド」や「行動(能力開発課題)」を言語化する
KPIを達成するために必要なアクションを具体的な行動に落とし込み、ゴールへの筋道を立てます。
STEP4: 狙った「マインドの醸成」「行動変容(スキル習得)」を目的とした学習コースを設計する
ゴールから逆算して、マインドの変化と行動変容につながることを意識した学習設計を行います。
どういうことか理解しやすいよう営業研修の設計を例に挙げて、行動変容の定義のやり方を説明します。
評価モデルにマインドや行動の変化をあてはめて、ビジネスインパクト(目標)を達成するまでの流れをまとめると、下図のようになります。
そして、研修設計をする際は目標から逆算します。
【D】売上(ビジネスインパクトを定義する)
【C】売上につながるような提案件数やクロージング率の変化(目標達成に向けての戦略を立てKPIを設定する)
【B】新規大型受注案件の増加を目指し、顧客のニーズに合った提案ができる(KPI向上につながるマインド・行動を明確にする)
【A】提案力を上げるためのマインドや行動変容につながる研修(狙ったマインド醸成や行動変容につながる学習をデザインする)
このような研修設計をすることではじめて、有効な効果測定が可能です。
3) ボトムアップの考え方と効果測定のデザイン
研修内容を事前に企画して検証するのがトップダウンの考え方です。
しかし、研修を受けて実際に起きる恩恵や成果には、意図していないものが必ずといってよいほど含まれています。
こうした現場の声や状況を収集するのが、ボトムアップの考え方です。
ボトムアップの考え方を効果測定に取り入れると、意図していたこととは異なる効果効用を測定できるようになります。
例えば、営業のコミュニケーション方法を学んだ場合、コミュニケーションの原理原則が上司との対話や部下指導で役に立つこともあります。
また、提案力が身につき顧客にいろいろと提案していくうちに違う話に発展して、新しいビジネス提携の話が進むということも珍しくありません。
このようなクリエイティビティーを伴うものは、実はボトムアップから生まれることが多いのです。
「こんな場面で役に立った」という従業員の体験は、トップダウンの効果測定では把握することが難しいでしょう。その点ボトムダウンなら、アンケートやインタビューという手法を用いて、数字では表すことのできない、学習者個人が体験した良い事例を集めていくことができるのです。
「今回の研修の中で、特にこの部分が役に立った」
「研修での学びを他の人に伝え、その人が成果を上げた」
など、良い事例を集め蓄積していくことは、学びや成果を会社の資産につながります。
ボトムアップで有益な情報を収集するだけでなく、そこから共有される仕組みを作ることは、学習成果をより高められるという点で大切です。
4) まとめ
ご紹介した研修結果測定のポイントを以下にまとめます。
①効果測定を実施するには、成果を定義することからはじめる
②トップダウンの考え方を用いて効果測定を意識した研修設計をし、さらに効果測定も設計する
③ボトムアップの考え方を用いて、研修後の現場の声などを収集する
成果の定義をスキップしている企業は少なくありませんが、非常に重要なことですので研修設計の段階で必ず確認するようにしましょう。
効果測定には、トップダウンとボトムアップの考え方を用います。
この2種類の考え方を活用することで、定めていた目標数値の検証と研修の副産物ともいえる学習者の声や体験を収集できるようになります。
さらに、学んだことによって得られたさまざまな恩恵やメリットなどを集約・共有することで、個人の成果を組織の成果に変えて好循環を生み出していくことも期待できます。
トップダウンとボトムアップの考え方を取り入れて、満足のいく効果測定の実施を目指しましょう。