2026.10.02
挑戦をテーマにした研修を企画する前に考えるべき五つのポイント

決まっているのはテーマだけです。何を教えれば課長が挑戦するようになるのか、頼んだ側も引き受けた側も言えません。
ここで前提を一つ疑っておきます。挑戦しない課長はいません。 全員すでに何かを変えようとしています。ただ、それが期待と違う方向なので「勝手にやるな」と言われます。足りないのは意欲ではありません。
この記事では課長の挑戦を研修にする前に考えるべきことを、五つのポイントに分けて順に解いていきます。
1. 組織の基準との差分で決める「挑戦」の中身
「課長層にもっと挑戦してほしい」という号令は、挑戦を意欲の問題として扱っています。意欲が足りないから動かない。だから研修で火をつける。企画はこの前提で組まれます。
実際に課長の仕事を見ると、この前提は合っていません。課長は動いています。会議の持ち方を変え、担当の割り振りを見直し、取引先との条件を詰め直しています。ただ、どれも上から見ると想定の外にあるので「それは今やることではない」と戻されます。主体性の議論と同じ構造です。期待と違う方向に動いたとき、会社がそれを主体性と呼ばないだけです。
だから最初に決めるのは意欲の上げ方より、何を挑戦と呼ぶかです。
挑戦は二つの水準の差で決まります。一つは課長がいま「これで十分」と思っている水準で、これを内部基準と呼びます。もう一つは会社が課長に求める水準です。戦略や戦術につながり、求められる品質を満たし、課長の役割の範囲に収まっている。これを外部基準と呼びます。この二つの差分が、組織から見た挑戦です。
たとえば、今期の方針が「既存顧客の深耕から新しい業界への展開へ」に変わった会社の営業課長がいます。本人の基準は「既存顧客の要望に漏れなく応える」。会社が求めるのは「新しい業界で最初の顧客をつくる」。この差がこの課長の挑戦です。
上が示さない限り、課長にこの差分は見えません。
2. 本人のありたい姿との差分から生まれる動機
方向が示されても、それだけでは人は動きません。次に要るのは動く力です。
ピーター・センゲは『学習する組織』で、人を動かす力の出どころを説明しました。自分がありたい姿といまの現実との差が、ゴムを引っぱったときのような力を生みます。センゲはこれをクリエイティブテンションと呼びました。差が大きいほど力は強く、差がなければ力は生まれません。
ここで引く差分は、課長本人のありたい姿と現実の差です。 会社のビジョンをどれだけ丁寧に説明しても、他人の差分では人は動きません。
方針が「新しい業界へ」の会社に、二人の課長がいるとします。一人目のありたい姿は「新しい業界の一社目を自分の手で決めたい」です。会社の方向と重なるので、動けば挑戦になります。二人目のありたい姿は「社内の集計作業を自動化したい」です。本人には切実でも会社の方向と重ならないので、動けば「それは今やることではない」と戻されます。二つの差分が同じ方向を向いたところで、初めて挑戦が起きます。 片方だけだと別のことが起きます。
一人目は左上、二人目は左下に入ります。組織の差分だけを示して本人の差分がなければ、右上の「やらされ」です。
ここから挑戦研修の落とし穴が見えます。組織の基準を示さないまま研修で本人の思いにだけ火をつけると、「勝手にやるな」と言われる課長を増やします。
3. 過去の棚卸しより、成功体験のアンラーン
二つの差分が重なっても、まだ動けない課長がいます。
挑戦研修の冒頭に置かれやすいのが「これまでの挑戦を振り返る」時間です。これは役に立ちません。これから求める挑戦は課長がやったことのない目標なので、過去に答えがないからです。むしろ邪魔をします。経験を積んだ課長ほど「あれも挑戦だった」と自分を確かめて終わります。
要るのは、うまくいったやり方や握っている恐れと思い込みを、いったん外から見て手放すことです。この作業をアンラーンと呼びます。
たとえば、担当先に足しげく通って信頼を積み、そのやり方で成果を出して課長になった人がいます。新しい業界の開拓を任されても、通える先はまだありません。「課長になったのだから失敗はできない」という思い込みもあります。この二つを握ったままでは同じ動き方を持ち込み、同じ結果を待つことになります。手放す対象はこの二つです。
振り返りの向きも変えます。OECD(経済協力開発機構)は2019年の「Learning Compass 2030」で、学びを三つの動きの循環として描きました。見通しを立てる(Anticipation)、動く(Action)、振り返る(Reflection)です。ここでの振り返りは過去を棚卸しするためのものではありません。見通しを立てて動いた結果を、次の見通しに返すためのものです。
方向を知り、力を持ち、握っているものを手放す。ここまでが課長本人の内側の話です。このうち研修が届くのは二つ目と三つ目だけです。 一つ目の方向は上が示すものだからです。
4. 「能力か、許可か」という問い
それでも動かない課長がいます。そのときは本人の内側を探すのをやめます。人の行動は、本人と本人を取り巻く環境の両方で決まるからです。
問うのは一つだけです。「この課長が今それをやらないのは、能力が足りないからですか。許可が出ていないからですか。」
弊社が見てきた限り、答えの多くは後者です。
たとえば、新しい業界の開拓を任された課長が、そこに時間を割けていないとします。理由を聞くと「自分の力不足です」と答えます。ところが評価は既存顧客の売上でほぼ決まり、新しい業界の活動は評価の欄にありません。既存顧客の担当を部下に渡すにも上司の承認が要ります。止めているのは能力より、評価の付け方と上司の手元にある承認です。
研修で埋められるのは能力の側だけです。許可の側は研修では埋まりません。
5. 課長の挑戦を止める、上司の手元の許可
許可がどこまで出ているかは段階で見ると分かります。軸は一本、どこまで自分の部署で決めてよいかです。
手段を変えるところまでは、課長が自分の部署で決められます。目標を自分で置くところからは決められません。 境目を見分ける問いは「そのために何をやめたか」です。新しい目標に使う時間は、何かをやめない限り生まれません。そして何をやめてよいかを決めるのは上司です。
だから課長は挑戦を一人で抱え込まず、一枚の紙にして上司と話します。書くことは四つです。
- 自分が取り組む挑戦は何で、四つの段階のどれにあたるか
- そのために、自分がやめる仕事は何か
- 上司に許可をもらう必要があるものは何か
- いつこの一枚を上司と話すか
新しい業界の開拓を任された営業課長なら、一枚はこうなります。
- 挑戦:新しい業界で最初の顧客をつくる(段階=目標を自分で置く)
- やめる仕事:既存顧客二社の日常対応
- 上司にもらう許可:二社を部下に渡すこと。新しい業界の活動を今期の評価に載せること
- 話す日:来週の面談
合格かどうかは二つで見ます。上司が読んで、許可を出すかどうかをその場で判断できるか。日付が入っているか。
上司がその場で判断できないものは、課長一人の問題ではありません。評価の付け方や決裁の段数の問題です。全課長の一枚を並べると、どの部門で何が挑戦を止めているのかが見えてきます。経営に返せる材料になります。
では、挑戦のために課長を集める意味はないのでしょうか。一つだけあります。他の課長の一枚と並べて、自分の挑戦の段階や手放すものの大きさが甘いのか厳しいのかを知ることです。 集めるなら、教える場より決める場にします。 一言で言うと、課長の挑戦を増やすために研修で教えることは少なく、上が示す基準と上司が出す許可のほうが先です。
視座の転換
経営の言葉をそのまま研修の題名にする。「挑戦」も「自律」も「主体性」も、この一段の翻訳を飛ばしたまま、毎年同じ言葉が人材育成計画に載り続けています。翻訳とは、組織の差分を示し、本人の差分と重なるところを探し、握っているものを手放す場をつくり、それでも動かないなら許可を疑うことです。
挑戦は意欲の量で決まりません。二つの差分が重なり、許可が出たときに起きる行動です。
——あなたの会社の課長は、挑戦のために何をやめてよいと上司から言われているでしょうか。
出典
- ピーター・M・センゲ『学習する組織——システム思考で未来を創造する』枝廣淳子・小田理一郎・中小路佳代子訳、英治出版、2011年(原著1990年). ——自己マスタリーの中核概念であるクリエイティブテンション(ありたい姿と現実の差が力を生む)。本記事では第2章に使用。
- OECD, OECD Future of Education and Skills 2030: OECD Learning Compass 2030, 2019年. ——学びを見通し(Anticipation)・行動(Action)・振り返り(Reflection)の循環として示したAARサイクル。本記事では第3章に使用。 https://www.oecd.org/education/2030-project/

