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2026.09.21

【DEI】配慮かわがままかで迷った時の問いの技術

記事 / 写真 / 画像:LEARNING SHIFT INC.
【DEI】配慮かわがままかで迷った時の問いの技術
「で、これは配慮なんですか、わがままなんですか。どう判断すればいいんですか」。 DEI研修の終盤、質疑の時間に、この質問が出ます。手を挙げるのは、研修中にいちばん深くうなずいていた人です。

学んだはずなのに、現場に戻ると判断が前より難しくなっている。迷う時間が増え、決めたあとも「あれでよかったのか」が残る。

理由は、研修の質でも理解の不足でもありません。判断の前に立てている問いが、二択になっていることにあります。

1. DEIの理解が進むと管理職の迷いが増える理由

DEI研修のアンケートは、たいてい良い数字が出ます。理解度も満足度も高い。それでも終盤の質疑で出る質問は、毎回ほとんど同じです。

翌週、現場で起きていることを聞くと、迷う場面は三つに絞られます。

一つ目は、どう任せるかです。 制約も強みも一人ひとり違う以上、全員に同じ配り方をすることが公平とは限らない。そこまでは分かる。ただ、目の前のこの案件をこの人に渡していいのかは、別問題として残ります。負荷を考えて外したら「軽く見られた」と受け取られた、という報告も出てきます。

二つ目は、これは配慮なのか、わがままなのかです。 いちばん扱いにくい迷いです。「わがままではないか」と感じた瞬間に、「そう感じること自体が自分の偏見ではないか」という問いが重なる。二つの問いを同時に抱えることになり、判断そのものが止まります。

三つ目は、多様性を取るのか、成果を取るのかです。 一人ひとりに合わせるほど、チームの生産性が落ちるように感じる。ただ、これを口にすると多様性への反対と受け取られかねません。四半期の数字を背負っている人ほど、この迷いは表に出てきません。

先に、扱う範囲をはっきりさせておきます。育児・介護休業法の定める措置や、障害者雇用促進法が求める合理的配慮のように、法律が線を引いている事柄は、そもそも判断の対象ではありません。これらは配慮かどうかを迷う場所ではなく、満たすべき要件です。ここで扱うのは、法が線を引いていない日常の判断——誰にどの仕事を渡すか、どの要望をどう扱うか——のほうです。

2. 判断が難しくなったのは、後退ではなく前進である

研修が効けば現場は楽になると思われがちですが、実際は逆のことが起こります。効いた直後ほど、判断は難しくなります。

以前は、同じ場面が問いになっていませんでした。前例どおりに配る。忙しそうな人には振らない。制約のある人には軽い仕事を回す。深く考えずに処理できていたのは、判断が上手だったからではなく、そこに判断があること自体に気づいていなかったからです。

眼鏡をかけたときと同じです。かけた瞬間に部屋が汚れるわけではありません。汚れはずっとそこにあり、見えていなかっただけです。見えるようになると掃除の手間は増える。外せば楽になりますが、汚れは残ったままです。学ぶ前に戻れば迷いは消えますが、判断のずれは現場に残り続けます。

では、迷いを減らすために何を足せばいいのでしょうか。人材開発の窓口には、たいてい同じ要望が届きます。事例集がほしい。NG発言集がほしい。会社としての判断基準をガイドラインで示してほしい。

どれも整備する価値はありますが、この三つの迷いは解けません。ガイドラインが増えるほど、現場は「どのケースに当てはまるか」を探す作業に時間を使い、目の前の一人を見る時間が減っていきます。

理由は単純です。判断は、知識でできていないからです。 何を「わがまま」と感じ、何を「当然の要望」と感じるかは、その人がこれまでどう働き、どう扱われ、何を大事にしてきたかからできています。知識は意識を変えます。「配慮が必要だ」とは思うようになる。ただ、とっさの判断を動かしているのは、知識のさらに下の層です。

一言で言うと、足すべきものは知識ではなく、自分の判断の背景を見る時間です。

3. 「配慮か、わがままか」の二択が、判断を止めている

三つの迷いのうち、二つ目を先に扱います。ここが解けると、残りの二つも扱えるようになるからです。

「配慮か、わがままか」と問うとき、選べる答えは実質二つしかありません。受け入れるか、断るか。どちらを選んでも後味は悪い。受け入れれば他のメンバーへの説明がつかず、断れば自分の見方を疑うことになります。問いの立て方が、出口のない二択になっています。

二択から出るには、一つだけ知っておくことがあります。「わがまま」は事実ではなく、解釈です。 目の前にあるのは「週の後半は在宅にしたい」「この会議は出られない」といった要望です。要望そのものに、わがままという中身がついているわけではありません。わがままという言葉は、受け取った側が貼ったラベルです。

人は誰でも、自分の「当たり前」を通して相手を見ています。認知の4点セットは、その「当たり前」を四つに分けて見る道具です。表に出ている意見の下に、そう考えるようになった経験があり、それに紐づく感情があり、いちばん奥に価値観がある。机の上に出ているのは、いちばん上の一段だけです。

この四つを、相手と自分の両方に使います。

一つは、相手の要望に向けて使います。 「週の後半は在宅にしたい」という意見の下には、通院の付き添いという経験があるかもしれません。集中できる時間を確保したいという価値観かもしれません。何が事実として起きているのかは、意見の層だけを見ていても分かりません。

もう一つは、自分の感覚に向けて使います。 「わがままだ」という感覚も、同じ構造をしています。その下には、自分が同じ立場のときに言い出せなかった経験や、そのときの感情が置かれていることがあります。このとき、その感覚を消そうとしてはいけません。やるのは、評価判断を保留にすることです。出てきた違和感を、決めつけにも自己否定にも変えず、いったん脇に置いておく。消そうとするから、判断が止まります。

現場では、もう一つ繰り返し起きていることがあります。判断が難しいケースの多くは、こちらの期待値が相手に伝わっていない状態から始まっています。何をどこまで期待しているかを言葉にしないまま、相手の反応だけを見て「わがままだ」と感じている。この場合、扱うべきは相手の要望ではなく、伝えていない期待値のほうになります。

4. 三つの迷いを、判断の前に立てる問いに置き換える

やることは、判断を捨てることではありません。判断の前に立てる問いを、一つ差し替えるだけです。弊社では、これを問いの立て替えと呼んでいます。

迷い①「この人に、この仕事を任せていいか」→「この仕事で自分が期待しているものを、本人は知っているか」。 任せる/任せないを決める前に、期待値が渡っているかを確かめます。渡していない期待値が満たされないのは、当然です。

迷い②「これは配慮か、わがままか」→「その要望の背景にある事実は何か」。 ラベルを貼る前に、事実に戻ります。聴いたうえでも要望を断ることはありますが、そのときの説明はまったく別のものになります。

迷い③「多様性を取るか、成果を取るか」→「この成果を出すために、まだ使えていない見方はどれか」。 二つを天秤に載せるのをやめます。多様性は成果と引き換えに払うコストではなく、成果を出すためにまだ使えていない見方のほうです。

誤解されやすいので、はっきり書いておきます。判断するのはマネージャーです。 背景を聴くことは、要望をすべて受け入れることではありません。聴いたうえで断る判断は当然あり、むしろそのほうが多い。違うのは結果のほうです。背景を聴かずに断ると、相手に残るのは「見てもらえなかった」という事実だけになります。聴いたうえで断れば、断られた理由まで残ります。

この三つは、リフレクションと呼ばれる行為そのものです。一人で静かに振り返る時間だと思われがちですが、実際は違います。熊平美香氏は『リフレクション』(2021年)で、自己を客観的かつ批判的に振り返る行為と定義しました。自分の「当たり前」は、自分の中を探しても見つかりません。自分と違う考え方の相手に会って、はじめて見えます。

5. 迷った回数と、背景を聴いた回数を数える

迷う場面は、来週にはもうやってきます。そのときに試せることを、一つだけ書いておきます。

次に「これは配慮か、わがままか」と感じたら、その場で判断せず、一日だけ保留にする。そして本人に、「その要望の背景を聞かせてもらえますか」と聞いてみてください。増えるのは、一日と、質問一つ分の時間だけです。

聞いても判断が変わらないことはあります。それでも構いません。確かめているのは相手の正しさではなく、自分が意見の層だけを見て決めていなかったかのほうだからです。

もう一つ、人材開発の側で変えられることがあります。DEI研修の効果を、理解度で測るのをやめることです。数えるなら、受講者が判断に迷った回数と、判断の前に背景を聴いた回数にします。迷いがゼロのまま戻ってきた研修は、効かなかった研修です。この二つは3か月後の1on1で本人に聞けば、数字として残ります。

手に入るものは三つあります。迷いが増えたことを、力不足ではなく前進として受け取れること。「どちらが正しいか」で消耗していた判断が、「何が背景にあるか」を確かめる一手に変わること。そして、研修の成果を理解度ではなく現場の行動で見られるようになることです。

視座の転換

DEI研修の成果は、正しい判断が増えることではありません。判断の前に、相手の背景を聴く回数が増えることです。 正しい判断は、一人ひとり事情の違う相手に対して、あらかじめ用意できるものではないからです。

用意できるのは、判断の前に立てる問いだけです。

——先週、あなたが「わがままだ」と感じた場面で、そう感じた自分の理由のほうを、一度でも見に行ったでしょうか。

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