テクノロジーの発展により、世の中にはさまざまな学習ツールや学習媒体が登場しています。確かにこれらを使うことによって学習効果が期待できますが、それにはテクノロジーを適切に利用することが前提です。
企業の人材育成に関わっている人にとって、研修を成功させるために身につけるべきは、テクノロジー・ナレッジという考え方です。
この記事では、企業内学習におけるテクノロジー・ナレッジの考え方と、それに基づくテクノロジーの活用方法について、分かりやすく解説します。
(1) テクノロジー・ナレッジとは
「テクノロジー・ナレッジ(TK)」とは、「コンテンツ・ナレッジ(CK)」や「教育学の知識(PK)」とともにTPACKを構成している要素の一つで、テクノロジーを知りどのようにして効果的に使っていくのかという考え方のことです。
企業内研修における「テクノロジー」とは、学習提供手段としてのウェブサービスやツール、そして目的や学習シーンに応じて使用するシステムのことを指します。
コンピューターやスマートフォンを含むタブレット端末など、テクノロジーの進化によってこれまでさまざまな学習提供手段が生まれてきました。このことからも分かるように、テクノロジーの進化と企業内研修の変化には、深い関係があります。現在、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が広く浸透し複合的な学習が求められています。それに伴い、人材育成担当者に必要とされているのは、テクノロジーに関する新たなスキルです。
人材・組織開発に関する情報を発信している世界最大の団体であるATD(Association for Talent Development)は、定期的に「コンピテンシーモデル」を発表しています(2019年以降は「ATDケイパビリティモデル」に名称を変更)。
これは、人材開発に携わる人に求められているコンピテンシー(知識や行動)を定義しているのですが、2013年のケイパビリティモデルに掲げていた「ラーニングテクノロジー」が、2019年には「ラーニングアプリケーション」に変わりました。
これは何を意味しているかというと、ATDは、ラーニングに関わるテクノロジー(ラーニングテクノロジー)だけではなく、「あらゆるテクノロジーをどのようにしてラーニングに応用できるかが、人材育成担当者の必須スキルである」と定義しているのです。
ラーニングに関連している・関連していないにかかわらず、テクノロジーの発展によってさまざまなツールやサービスが登場しています。これらに目を向け、学習の場で応用できないかどうか知恵を出し、実践していくスキルが、人材開発担当者にとってますます重要視されているのです。
(2) なぜテクノロジー・ナレッジが重要視されているのか
テクノロジー・ナレッジの重要性について説明する前に、テクノロジーがどのように学習効果に影響を与えるかについて見てみましょう。
DXが広く知られるようになると同時に、よく耳にするようになったのが、「SAMR(セームル)モデル」です。
SAMRモデルの「SAMR」は、
①代替(Substitution)
②拡大(Augmentation)
③変容(Modification)
④再定義(Redefinition)
それぞれの頭文字を取った造語です。SAMRモデルは、①→②→③→④と、テクノロジーの手段を階層化したものですが、各段階に位置したテクノロジーがどのような効果を発揮するかを知る尺度の役割を果たしていて、DX全体を捉える時に使われています。
SAMRモデルは学習に限定されたものではありませんが、「テクノロジーはどのように学習効果に大きな影響を与えるのか」を考える時のモデルとして広く利用されるようになりました。
あくまでも一例ですが、SAMRモデルを「学び」のDXに当てはめてみると、以下のようなことがいえます。
段階 | 意味 | 例 |
①代替 | これまでの代替手段としてテクノロジーを使う。 | これまで集合で実施していた研修をZoomで実施するようになった。 |
②拡大 | 情報を広める手段としてテクノロジーを使う。 | オンライン会議システムを使うことで、1000人規模の参加者にも情報提供が可能になった。 |
③変容 | テクノロジーを利用して、学習の大幅な再設計をする。 | これまで研修は1回のイベントだったが、・研修の事前のインプット・研修修了後ZOOMを使った振り返りが可能になった。遠方にいる人に対するフォローアップができるようになった。 |
④再定義 | テクノロジーを利用して、これまで考えられなかったような学びを可能にする。 | これまでにない学習体験を提供できるようになった(例:AIの自動フィードバック付きロールプレイング動画) |
これら4段階のうち、「代替」と「拡大」は「強化(Enhancement)」に、「変容」と「再定義」は「変換(Transformation)」にそれぞれ分類されています。
これは、
- 従来の学習をテクノロジーが代替したり拡大したりすることは、学習の強化につながる
- テクノロジーによって学習のあり方そのものを変革することによって、新たな価値を生み出す
ということを意味しています。
もう少し踏み込んで説明すると、テクノロジーを本当の意味で使うというのは、③と④に達した時です。
例えば、従来の研修にパソコンやタブレット端末を取り入れ活用するだけなら「強化」に過ぎません。しかし、テクノロジーによって、従来の集合研修主体の学習設計という枠組みを超え、新たにオフライン研修とオンライン研修を組み合わせた、「事前学習」や「事後学習」というコースデザインが生まれました。これは、テクノロジーを活用した「変換」と言えるでしょう。
このことから、「研修にテクノロジーは不可欠」と言うのは、ある意味正解です。しかし、「テクノロジーの進化に乗り遅れないよう、いち早く最新のテクノロジーを導入することが大事」との考えは、ブレンディッド・ラーニングの本質からずれています。
なぜなら、「新しいテクノロジーを導入する」ことに注力するとそれ自体が目的となり、「今までの集合研修をオンラインに置き換えれば良い」と行動してしまう可能性があるからです。
ブレンディッド・ラーニングの目的は、学習効果を最大化させることであり、テクノロジーは手段の一つに過ぎません。重要なのは、最新のテクノロジーを使うのではなく、「それをどう使いこなすか」です。
そうすると、最新テクノロジーを「利用する」というよりも、「応用する」という発想がポイントになるでしょう。そして、具体的に「どうブレンドしていくか(応用していくか)」という方向性を示すのが、テクノロジー・ナレッジであり、テクノロジー・ナレッジが重要視されている理由なのです。
(3) テクノロジー・ナレッジのポイントは「3つのテクノロジーをブレンドする」こと
テクノロジー・ナレッジの基本となるのが、「3つのテクノロジーをブレンドする」という考え方です。ここでいう「テクノロジーのブレンド」とは、テクノロジーを3種類に分け、適切なものを組み合わせていくことです。
テクノロジーを適切に組み合わせるためには、コンテンツとの連動を考慮する必要があります。
ブレンディッド・ラーニングで組み合わせるコンテンツの種類は、
- インプット(知識)
- アウトプット(練習)
- エバリュエーション(測定)
3つです。
そして、テクノロジーにも、インプット向きのものもあればアウトプットに使えるものもあります。それを整理すると、下図のようにまとめることができます。
研修向けのツールについて、用途別に簡単に説明します。
#1. 情報伝達ツール
「情報を伝えるための手段」という、インプットの中でも最もオーソドックスなタイプのツールです。従来の研修で使われていたツール(PDFやパワーポイントなど)に加え、noteやNotionなど、オンライン上で共有できるものも増えてきました。
#2.動画配信ツール(非同期)
その名のとおり、動画を配信するためのツールです。動画配信ツールには、費用がかからない、保存・シェアが簡単という特徴があり、非同期型研修に向いています。
#3. 会議システム(同期)
同じ時間帯で何かを実施したい時に便利なのが、オンライン会議ができるツールです。
会議システムに分類されるツールは、グループワークやグループディスカッション機能をはじめ、ホワイトボード機能やチャット機能、ブレイクアウトルーム機能など、同期型オンラインに便利な機能を搭載しています。
#4. コミュニケーションツール
日常の仕事を進めていくうえで使えるツールですが、「他のメンバーとコミュニケーションを取る」とい性質から、学習にも向いています。
例えば、チーム単位でのやり取りに使えるほか、研修が終わった後のディスカッション、おすすめの共有をするといった使い方があります。
#5. インタラクションツール(同期)
インタラクションツールが同期型の研修に使いやすいといわれるのは、
・コミュニケーションに加えてコメントや投票、アンケートの集計結果をリアルタイムでチェックできる
・同じ時間帯に1000人が受けても、隣の人、または遠隔にいる人がどんなことを感じているのかを共有できる
といった特徴を備えているからです。
#6. ディスカッションツール(議論の内容を視覚化)
議論の内容を図や文字で視覚化して共有し、ディスカッションを促進します。
ディスカッションツールの中には、参加者全員が同じところに書き込める機能を備えたものもあります。
#7. アンケートツール
アンケートツールは研修には欠かせない、非常に利便性の高いツールです。
主な用途は以下のとおり。
・研修内容の調査
・事前のヒアリング
・エンゲージメント診断
・アセスメント
・ニーズサーベイ
アンケートツールを使うと、回収から集計まで省略化でき便利です。
#8. ビデオフィードバック
ビデオフィードバックは、アウトプットを強化するための練習道具に位置づけられるツールです。
ビデオフィードバックツールには、動画の撮影・共有・相互コメント・フィードバックといった機能が搭載されています。
このように、コンテンツの種類別に向いているテクノロジーツールは数多くあります。
コンテンツの効果を最大限に引き出すテクノロジーを選ぶには、テクノロジーツールを「知る」「使いこなす」「効果的に組み合わせる」というステップを踏むことが不可欠です。
(4)研修にテクノロジーを応用するポイント
これまでの説明から、テクノロジーはコンテンツの用途に合わせて使い分ける必要があると思うかもしれません。ある意味正解なのですが、ここで注意したいのは、それは「1用途1ツール」ということではないという点です。
1つの用途や目的に異なるツールを使うと、使用するツールの種類が増えてしまいますし、今後増えていくことが予想されます。また、メイン機能だけを見て使い分けてしまうと、「ツールが多すぎて使いづらい」などの問題が生じ、学習者のモチベーションを下げてしまうおそれもあります。これらの理由から、テクノロジーを応用する際は、できるだけ1つのツールを使いこなすことがベストだといえるのです。
テクノロジーを応用する具体的なポイントとして、次の2点が挙げられます。
- ツールの組み合わせ方
- ツールの用途開発
#1. ツールの組み合わせ方
1つ目のポイントは、ツールの組み合わせ方に注意することです。できれば1つのツールで済むのが理想ですが、ツールには一長一短があり、ツール同士を組み合わせて使う場合がほとんどです。
組み合わせ方のポイントは、相性の良いツール同士を組み合わせること。他のシステムと連携できるものも増えているので、以前よりも組み合わせやすくなっています。
例えば、Zoom(オンライン会議システム)とMiro(オンライン会議に参加しているメンバー全員が、同時書き込みながら議論できるオンラインホワイトボードツール)を連携させることで、
- 1つのアプリで2つのツールを同時に稼働させられる
- MiroによってZoomに足りないホワイトボードの機能が充実した
- 無料で使える機能の範囲が広くなった
など、よりコミュニケーションしやすい環境が生まれました。
ZoomとMiroの連携サービスを利用するには、Zoomのアプリを入れていることが前提ですが、2つのツールを立ち上げた時に生じがちな、PCの作動が遅くなる、「この機能の使い勝手がイマイチ」などの使いにくさが軽減されます。
ZoomとMiroのように、相性の良いツール同士を組み合わせたら、どのように使いこなせるか工夫していきましょう。
#2. ツールの用途開発
2つ目のポイントは、「ツールの用途開発」という考え方を身につけることです。
1つのツールに理解を深め応用することによって、他のツールを導入する手間が省け、業務の効率化が期待できます。
例えば、Zoomには、チャットやメッセンジャー機能、アドレス帳のほか、ホワイトボード機能まで搭載されています。知れば知るほどさまざまな学習シーンでの応用が期待でき、すべての機能を代替させることも不可能ではないとまでいわれています。ある程度の機能が備わっていると、他のツールを使う必要性を感じなくなるでしょう。
Googleが提供しているスプレッドシートも、利便性の高いツールです。本来スプレッドシートは表計算をするツールですが、グループ別にシートを作成することによって、グループワークやブレイクアウトに応用できます。
グループのメンバーは、自分が属するグループのシートに、学んだことや意見などを入力しますが、講師はそれらを同時に把握し、必要に応じてディスカッションに加わったり、シートを行き来しながら学びを共有したりしていきます。
大切なのはツールに振り回されることなく、一つのものに理解を深め、学習の目的に応じて効果的に使える方法を追求していくこと。テクノロジー・ナレッジの視点から、テクノロジーツールを取り入れた企業内学習を考えると、この用途開発をしていくという姿勢が大切なポイントであることに気づくでしょう。
(5)まとめ:真の意味でテクノロジーを活用し、新たな学びを創出しよう!
テクノロジーを活用する際に留意するのは、テクノロジーを使って学習を強化し、さらに変換を目指すという点です。変換に到達することが、デジタルトランスフォーメーションのゴールにつながります。
変換を目指し、あらゆるテクノロジーを学習に取り入れる選択肢として「今まで不可能だったことをどうやって可能にしていくのか」ということを追求していく姿勢はとても大切です。しかしそれは、あれこれ手を出すという意味ではなく、厳選したツールを組み合わせて使いこなす、または用途開発するという意味です。
この点を念頭に置き、テクノロジーを研修設計に活用していきましょう。