2025.12.15
失敗しない「プロジェクトワーク」の設計図 ~テーマ設定から評価まで~

学習効果を最大化するためのテーマ設定の視点、具体的なテーマ事例、評価の仕組み、そして運営の仕掛けまで、設計のすべてを公開します。
1. はじめに:設計(デザイン)こそが学習成果を決める
前回の記事で、新入社員研修におけるプロジェクトワークの有用性と、それがもたらすマインドセットの転換についてお話ししました。読者の皆さんの中にも、「ぜひ導入してみたい」と思われた方がいらっしゃるかもしれません。しかし、いざ導入しようとすると、具体的な設計の段階で多くの疑問が湧いてくるはずです。
「どんなテーマを与えればいいのか?」
「期間はどれくらい必要なのか?」
「ただの放任になってしまわないか?」
教育工学(インストラクショナル・デザイン)の視点でも、「設計(Design)」のない学習は効果が半減します。プロジェクトワークは、受講者に自由を与えるからこそ、提供側(人事・講師)には「どのような舞台を用意するか」という緻密な設計が求められるのです。
今回は、その具体的な設計プロセスを、実践的なステップに分けて解説します。
2. ステップ1:魂を込める「テーマ設定」【最重要】
「問い」の質がアウトプットの質を決める
プロジェクトワークの成否の8割は「テーマ設定」で決まると言っても過言ではありません。テーマが簡単すぎれば単なる作業になり、難しすぎれば諦めてしまいます。また、現実味がなければ「やらされ仕事」になります。新入社員が「自分ごと」として捉え、本気になれる「問い」を立てられるかが勝負です。テーマ設定の際は、会社のねらい、活用できるリソース、制約条件などを踏まえ、慎重に検討する必要があります。
テーマ設定の評価マトリクスと具体事例
では、どのようなテーマが良いのでしょうか。テーマは大きく分けて「対象(誰に向けたものか)」と「テーマの性質(問題解決か、言語化か、製作か)」で分類できます。ここでは、実績のある具体的なテーマ例をご紹介します。

1)社内・会社向けテーマ
自分たちの足元を見つめ直し、組織の一員としての自覚を促すテーマです。
言語化・明確化型
例:「プロフェッショナル人材の定義」
自社で活躍する人材の行動や価値観を分析し、「理想の働き方」「目指す人物像」を自分たちの言葉で定義します。
例:「2025新入社員の取扱説明書」
自分たちの特徴や強みを言語化し、上司や先輩にどう扱ってもらえばパフォーマンスが出るかを提案します。
ポイント: 単なる憧れの列挙ではなく、「なぜその行動が成果につながるのか」を言語化することで、自分たちの行動基準(社会人としての基準)を作り上げます。
構成物・製作物型
例:「未来の新聞記事を報道せよ」
数年後の自社がどうなっているか、どんな社会貢献をしているかを新聞記事の形で作成します。
例:「社内・同期アルバムの作成」「事業・仕事の改善提案」
ポイント: 自社の事業構造や顧客価値を深く掘り下げ、「この先どんな可能性があるか」を未来視点で再構築します。「現場のリアル」と「未来の創造」をつなげる力を養います。
2)既存顧客向けテーマ
実際のビジネスに近い、実践的な提案力を養うテーマです。
問題解決型
例:「既存サービスを超える新商品提案」
例:「担当引継ぎ、信頼を一発で獲得せよ」
ポイント: クライアント視点で商品やサービスを捉え直し、「どうすればもっと良くなるか」を考えます。情報収集から提案設計までを一連で行い、現場での「提案力」や「信頼構築力」を体得できます。
3)新規顧客向けテーマ
視座を高くし、市場全体を見渡す力を養うテーマです。
問題解決型
例:「新たな業界への新商品・サービス企画」
例:「未開拓クライアントへの提案」
ポイント: 自社の強みや価値を「転用」する視点が必要です。事業を「外の目線」で捉えることで、内向き思考からの脱却を促します。
4)社外一般向けテーマ
自社の本質的価値(DNA)を探求するテーマです。
構成物・製作物型
例:「自社のDNA(スピリッツ)を追求せよ」
例:「会社案内を作成せよ」
例:「発見!こんなところにも自社製品」
ポイント: 表層的な紹介ではなく、「自社らしさの本質」を掘り下げて伝える力を磨きます。採用ホームページやSNSでの発信など、実際の採用活動にも活用できる成果物が期待できます。
これらのテーマの中から、自社の新入社員に「今、一番考えさせたいことは何か?」を基準に選定します。また、これらは後日(数ヶ月後〜数年後)に振り返りの材料として活用することも視野に入れると、より効果的です。

3. ステップ2:詳細設計の要「状況設定」
誰に、何を、どのように? ペルソナの作り込み
テーマが決まったら、次は「状況(シチュエーション)」を作り込みます。これが設計の解像度を高める鍵です。単に「新規事業を提案してください」と投げるだけでは不十分です。「誰に」「何を」「どのように」提案するのか、この制約条件(リアリティ)こそが、新入社員の思考を深くし、本気度を引き出します。

誰に(発表対象者・ペルソナ)
・顧客の役員なのか、現場担当者なのか? 自社の社長なのか、直属の上司なのか?
・聞き手の「評価基準」や「期待値」まで設定します。例えば「コストに厳しいCFO」という設定なら、費用対効果の数字を徹底的に詰める必要があります。「経営層」であれば、会社のねらいや資源との整合性が問われます。
何を(発表に盛り込む要件・問い)
・考えさせたい「鍵となる問い」を設定します(1つ〜最大4つ)。
・研修の狙いから逆算して設定します。単なるアイデア出しではなく、「なぜ当社がやるのか?」「競合優位性は何か?」といった問いを必須要件にすることで、思考の深さをコントロールします。
どのように(時間・場所・形式)
・時間は10分なのか30分なのか。質疑応答の時間は?
・場所は会議室か、商談の場か、あるいは全社員への説明会か。臨場感と緊張感を創出します。
・形式はパワポ資料か、模造紙か、寸劇か。
・この設定によって、準備の仕方やプレゼンテーションのスタイルが全く変わってきます。
ここまで具体的に設定することで、受講者は「役員を説得するにはエビデンスが必要だ」「10分で伝えるには結論から話さないといけない」と、自ら考え始めます。これが「学習者体験(LX)のデザイン」です。
4. ステップ3:評価とフィードバックの仕組み
アウトプット評価とプロセス評価の両輪
プロジェクトワークを「楽しい思い出」や「やりっぱなし」で終わらせないためには、明確な評価設計が不可欠です。評価は大きく2つの軸で考えます。個人・チームの実力差や成長度合いを把握し、「学生」から「社会人」への転換を加速させます。

1)アウトプット評価(成果物の質・発表時評価)
問題解決の質・思考の深さ
・問いへの適合性: 与えられた要件を本質的に捉えているか。
・論理性: 一貫した論理構造と、それを支えるエビデンスがあるか。
・実現可能性: 資源や制約を考慮した、地に足のついた提案か。
デリバリー・伝達力
・立ち居振る舞い・身だしなみ: 社会人としての基本ができているか。
・表現力: アイコンタクト、声量、明瞭さ、スピード。
学びの言語化
・成果と共に「学び」や「意識転換」を表現できているか。
2)プロセス評価(活動への貢献・行動変容)
チームへの貢献・協働力
・建設的な関与: 意見の統合や合意形成に関与したか。
・役割遂行: 自己役割を果たし、チームをサポートしたか。
仕事の進め方・主体性
・ゴール意識: 目的を見失わずに進めたか。
・コミュニケーション: 報告・連絡・相談(ホウレンソウ)は適切だったか。
・計画性: フィードバックを受けて修正できたか。
その他(企業のバリュー)
・主体性、自責思考、成果思考、顧客思考など、貴社が重視している姿勢・態度。
特に「プロセス評価」は重要です。結果だけでなく、「チーム内でどんな対話があったか」「困難をどう乗り越えたか」を評価することで、再現性のあるスキルとしての定着を促します。

フィードバックの質を高める仕掛け
成果物の質を高めるためには、フィードバックの「人」「量」「質」も重要です。
・人: 外部講師や事務局だけでなく、専任講師や受講生同士(チーム間)の関わりを増やします。
・量: 対面でのFBセッションに加え、時間外での相互FB、途中成果物への赤ペン先生など、回数を増やします。
・質: 「考え抜くべき観点」をチェックリスト化して配布したり、過去の良質な成果物を「目指すべきレベル」として紹介したりします(正解にならないよう注意)。
5. ステップ4:プロセス設計と運営の仕掛け
カリキュラムの流れと「介入」のタイミング
最後に、実際のカリキュラムの流れを見ていきましょう。
基本的には「キックオフ(DAY1)」→「中間発表(DAY2)」→「最終発表(DAY3)」という流れが王道です。

DAY1:キックオフ
・イントロダクション: 目的、テーマ、アウトプットの提示。
・インプット: 情報のまとめ方(情報収集スキル、ブレインストーミング、KJ法など)。
・グループワーク: 計画策定、役割分担。
DAY2:中間レビュー
・ここが最大の山場です。各チームの進捗に対して、講師やメンターが介入します。「何を、どのレベルでアウトプットしないといけないのか」「あと何を知る必要があるのか」を厳しく問いかけます。
・このフィードバックを受けて、多くのチームは一度落ち込みます(混乱期)。しかし、ここから再起することで、チームの結束とアウトプットの質が劇的に向上します。
DAY3:最終発表
・全体プレゼンテーション: 質疑応答を含めた発表。
・講評・結果発表: フィードバックと評価。
・振り返り: チーム活動を通じて感じたことを相互にフィードバックし合い、学びを個人の教訓として定着させます。

全員が関わるための仕掛け
「フリーライダー(ただ乗りする人)」を防ぎ、全員を巻き込むための仕掛けも重要です。
・個人ワークの時間を確保する: グループワークの前に、まず個人レベルで成果物を作成させます。持ち寄るところからスタートすることで、全員が当事者意識を持てます。
・役割の任命: プレゼン係、記録係、タイムキーパー、事務局連絡係など、あらかじめ役割を決めて分担させます。
・途中での振り返り: チームプロセスを振り返る時間を設け、各メンバーの貢献度や改善点を話し合わせます。
6. まとめ:プロジェクトワークは組織の未来を映す鏡
プロジェクトワークのアウトプットを見ると、その会社が数年後にどうなるかが見えてきます。
新入社員が既存の枠にとらわれず、活き活きと未来を語り、本質的な課題に挑む姿は、組織全体に新しい風を吹き込みます。また、彼らの提案の中には、現場の社員が気づいていない「宝の原石」が眠っていることも多々あります。
初期段階では「何を・どのように考えるべきか」を明確にし、配属先での実践を経て、最終報告では行動だけでなく「スタンス」が定着しているかを確認する。この一連の流れ(ジャーニー)こそが、新入社員をプロフェッショナルへと育て上げます。
設計には確かに手間がかかります。テーマを考え、ペルソナを設定し、評価基準を作る……。しかし、それ以上のリターン(人材の成長と組織の活性化)が必ずあります。私たち人材開発担当者の役割は、彼らが全力で走れる「舞台」を整えることです。舞台さえ整えば、彼らは私たちが想像する以上のパフォーマンスを見せてくれるでしょう。
ぜひ、貴社でも「本気のプロジェクトワーク」を取り入れてみてください。それは、新入社員への最高のプレゼントになるはずです。
▼プロジェクトワークの導入についてはこちら
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