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2025.11.10

「置き去りコンテンツ」をゼロにするLMS活用術

記事 / 写真 / 画像:LEARNING SHIFT INC.
「置き去りコンテンツ」をゼロにするLMS活用術
AI技術の飛躍的な進化により、LMSは「何を学ぶべきか」という地図を瞬時に描けるようになりました。しかし、どれほど精緻な地図があっても、実際に泥臭く道を歩むのは、感情を持った人間です。

本記事では、AIの利便性に「人間らしさ」を実装し、現場の行動変容と成果に繋げるための3つの核心的学習デザイン」について解説します。
「なぜ学ぶのか」という動機の源泉から、「挫折させない」ための社会的仕組み、そして経験を血肉に変える「言語化」のプロセスまで。AI時代だからこそ求められる、強い組織を作るための人材育成の「OS(基本ソフト)」について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
1. LMSの劇的な進化と、変わらない「学習の本質」

今、世界の学習管理システム(LMS)に大きなパラダイムシフトが起きています。
これまで私たち人事担当者や現場マネジャーが膨大な時間を費やしてきた「職務定義書(ジョブディスクリプション)と必要スキルの紐付け」、そして「誰に何を学ばせるべきか」というカリキュラム作成。これらをAIが一瞬で肩代わりする機能が、標準搭載され始めています。会社が定める等級や役割(ロール)をシステムに読み込ませるだけで、AIが自動的にその役割に必要なスキル要素を分解・抽出してくれる。さらに、膨大なコンテンツライブラリの中から、そのスキルを埋めるための最適なコンテンツを選び出し、「最短距離で学べるラーニングジャーニー(学習の旅路)」を描き出してくれるのです。
それだけではありません。個人のスキルレベルを診断し、「あなたはこの部分が不足しているから、ここだけ学べばいいですよ」と、優先順位まで優しく示してくれる。この進化による恩恵は、計り知れません。第一に、「探索と設計のコスト」の劇的な削減です。何を学ぶべきかを探す手間、無駄なコンテンツを学ぶ時間がゼロになり、学習者は「学ぶことそのもの」に100%のリソースを注げるようになります。第二に、「個別最適化(Personalization)」の実現です。画一的な研修ではなく、自分の現在地と目的地に合わせた、無駄のない学習デザインが可能になります。
しかし、ここで私たち経営者や人材開発担当者が陥ってはならない罠があります。それは、「AIが最適な“食事(コンテンツ)”を配膳してくれれば、人は勝手に健康(能力アップ)になる」という幻想です。どれほど栄養バランスの取れた食事が目の前にあっても、本人に「食欲(動機)」がなければ、手は伸びません。また、どれほど高級な食材でも、よく噛まずに「丸飲み(ただ視聴して終了)」してしまえば、消化不良を起こし、身体の栄養(血肉)にはなりません。Eラーニングや研修において最も重要なのは、コンテンツの質そのものよりも、学習者がどのような状態でそれに向き合い、どう消化するかという「人間側のプロセス」なのです。AIは「メニュー選び」と「配膳」までは完璧にやってくれます。しかし、「お腹を空かせること」と「咀嚼すること」は、人間にしかできません。
本稿では、この人間側のプロセスを科学し、AI時代のLMSを真の成果――「現場での行動変容」と「パフォーマンス発揮」――に繋げるための、3つの学習デザインについてお話しします。

2. Phase 1:「なぜ学ぶのか」の再定義

AIが提示する「スキルマップ」や「推奨講座リスト」を見たとき、多くの学習者はこう感じてしまうかもしれません。「また勉強させられるのか」「忙しいのに、こんなにたくさんこなせないよ」と。なぜ、彼らの心は動かないのでしょうか。それは、学習が「To Doリスト(やるべきこと)」として提示されているからです。学習を「Want(やりたいこと)」に変えるには、スキルという「部品」の話をする前に、もっと根本的な「役割(Role)」と「自分(Self)」の接続が必要なのです。

1)「スキル」ではなく「期待」から入る
「ロジカルシンキングが足りないから学びなさい」と言われて、ワクワクする人はいません。それは、自分という人間を「機能」として見られているように感じるからです。アプローチを変えてみましょう。まずは、組織がその人に何を期待しているのか、その「役割(Role)」を言語化し、握り合うところから始めます。
「あなたには、次のプロジェクトリーダーとして、多様な意見を持つメンバーをまとめ上げ、誰もが納得する結論を導き出す役割を期待しているんだ」こう伝えられたとき、初めて「ロジカルシンキング」というスキルは、単なるお勉強科目から「期待に応え、自分が輝くための武器」へと変わります。スキル獲得そのものを目的にしてはいけません。スキルはあくまで、期待された役割を果たすための手段です。「このスキルがあれば、あなたの仕事はもっと面白くなる」「この役割を全うしたとき、あなたはどんな景色を見ているだろうか」。そう問いかけ、未来の自分をイメージさせることが、学習のスタートラインです。

2)「ゴムひも」の原理でエネルギーを生む
役割という「目指すべき未来(理想)」がセットされたら、次に行うべきは徹底的な「現状診断(Diagnosis)」です。しかし、ここで言う診断は、単に「出来ていないこと」を指摘して落ち込ませるためのものではありません。「理想と現実のギャップ」を可視化し、前進するエネルギーを生み出すための装置なのです。
ここで、一本の「ゴムひも」を想像してみてください。ゴムひもの片端を「理想の未来(期待される役割)」にしっかりと固定し、もう片端を「現在の自分(現状)」が持っています。理想と現実が離れていればいるほど、ゴムはピンと張り詰め、強い張力が生まれますよね。この張力こそが、人を学習へと駆り立てる健全なエネルギーです。これを専門用語では「クリエイティブ・テンション(創造的緊張)」と呼びますが、要は「なりたい自分に引っ張られる力」のことです。もし、「現状の自分はそこそこ出来ている」と誤解していれば、ゴムはたるんだままで、前に進む力は生まれません。逆に、「理想が高すぎて無理だ」と諦めてしまえば、ゴムは切れてしまいます。AIによるアセスメントや360度フィードバックは、この「ゴムの張り具合」を調整するために使います。
「自分ではできているつもりだったけれど、客観的なデータを見ると、ここの数値が低いな。なるほど、だからあの時、チームが動かなかったのか!」この「痛みを伴うが、納得感のある気づき(Aha体験)」こそが、「今のままではいけない」「学びたい」という強烈な動機(空腹感)を生み出すのです。
このフェーズのゴールは、「やらされ学習」を「自分ごと化」すること。「会社に言われたから学ぶ」のではなく、「このギャップを埋めるために、今の自分にはこれが必要だ」と、学習者自身が腹落ちした状態を作ることです。これがあって初めて、LMS上のコンテンツは「ただの動画」から「成長の糧」へと変わるのです。

3. Phase 2:「挫折させない」ための学習設計

「必要性はわかりました。絶対にやります!」そう目を輝かせて宣言した学習者の9割が、1ヶ月後にはLMSにログインすらしなくなる。皆さんもそんな経験はありませんか?でも、これは個人の意志が弱いからではありません。「計画の立て方」が間違っているからなのです。
学習科学において、「いつかやる」「時間がある時にやる」という計画は、計画とは呼びません。それは単なる「願望」に過ぎないのです。多忙な現代人が、限られたリソースの中で学習を完遂するには、個人の意志力に頼らない「強制力のある仕組み」が必要です。

1)「いつ、どこで」をカレンダーに刻む(If-Thenプランニング)
まず徹底すべきは、学習を「日常の行動」に落とし込むことです。
「来週中にこのコースを終わらせる」といった曖昧なものではなく、「水曜日の朝8:30に出社したら、まずはカフェでコーヒーを買い(If)、9:00までの30分間、会議室Aでスマホを使ってチャプター1を受講する(Then)」と決めさせます。これを心理学では「If-Thenプランニング」と呼びますが、要は「迷う余地をなくす」ことです。「いつやろうかな?」と考えた瞬間に、脳は「面倒くさい」という感情を生み出してしまいます。あらかじめカレンダーに「学習」という予定をブロックし、会議や商談と同じレベルの「動かせないアポイントメント」として扱う。ここまで具体的に落とし込んで初めて、学習計画は実行可能なものになります。

2)学習は「孤独」にやらせてはいけない
もう一つ、LMS活用で陥りがちな最大の失敗は、「一人で学ばせること」です。
「eラーニングだから、好きな時に一人でやっておいて」と放置された学習者は、孤独の中で容易に挫折します。人は、誰からも見られていない努力を続けることが苦手な生き物です。ここで導入すべきなのが、「社会的学習(ソーシャルラーニング)」の視点です。学習を個人の営みで完結させず、他者との関係性の中に組み込むのです。最も強力なのは、上司やメンターとの「握り(合意)」です。
「このスキルを身につけたら、来月のプロジェクト会議でプレゼンを任せるよ」
「わかりました。では、〇月〇日までにこのモジュールを修了して、ドラフトを持ってきます」
この会話があるだけで、学習には「上司との約束」という社会的意味が生まれます。
また、同期やチームメンバーと学習進捗を可視化し合うのも効果的ですね。「あいつがもうここまで進んでいるなら、自分もやらなきゃ」という適度なピア・プレッシャー(仲間からの圧力)や、「ここが難しかったけど、こう考えたら分かったよ」という知恵の共有は、学習継続の強力なエンジンとなります。
LMSは「孤独な自習室」ではなく、互いに刺激し合い、励まし合う「学習コミュニティ」のハブであるべきです。
「誰かと一緒に学ぶ」「誰かに宣言する」「誰かからフィードバックをもらう」。この他者の存在こそが、挫折を防ぐ最後の砦となります。

4. Phase 3:「知る」を「できる」に変える黄金サイクル

動機づけができ、計画も立った。いよいよ実行フェーズです。
しかし、ここで動画を視聴し、テストで満点を取ったからといって、「仕事ができるようになった」とは言えません。「知っている(Knowledge)」と「できる(Can)」の間には、深く大きな溝があるからです。この溝を飛び越えるためには、「インプット → 咀嚼(練習) → 実践 → 振り返り(言語化)」という一連の黄金サイクルを回す必要があります。これをシームレスに設計することこそが、学習デザイナーである私たちの腕の見せ所です。

1)「問い」を持って食べる(インプット)
まず、コンテンツへの向き合い方を変えます。漫然と画面を眺めるのではなく、「現場での活用」を強烈に意識させます。
「この知識は、来週のあのクライアントとの商談でどう使えるだろうか?」
「あの部下との1on1で、このテクニックを試すとしたら、どんな言葉になるだろうか?」
このように、「具体的な使用場面」を脳内でシミュレーションしながらインプットするだけで、情報の吸収率は劇的に変わります。これを「現場想定視聴」と呼びます。ただ情報を消費するのではなく、自分の文脈(Context)で味わうこと。これが「咀嚼」の第一歩です。

2)安全な場所での「実験」(咀嚼・練習)
インプットした直後の知識は、まだ不安定な「借り物の知識」です。いきなり本番の試合(現場)で使おうとすると、失敗して自信を失うリスクがあります。だからこそ、安全な場所での「素振り」や「練習試合」が必要なのです。動画を見終わったら、すぐにLMSを閉じるのではなく、その場で小さなアウトプットを行います。
 ・学んだキーフレーズを、実際に声に出して3回言ってみる
 ・学んだフレームワークを使って、自分の業務課題を書き出してみる
 ・AIコーチ相手に、ロープレを行ってみる
ここでは失敗しても構いません。恥をかいてもいい。この「心理的安全性が確保された場所での実験」こそが、知識を筋肉に変え、本番で使うための自信を育んでくれます。

3)現場という「本番」(実践)
素振りをしたら、いよいよ打席に立ちます。学習計画の中に、最初から「現場実践」をタスクとして組み込んでおきます。ただし、壮大な実践である必要はありません。「スモールステップ」が鉄則です。
「会議の冒頭3分だけ、このファシリテーション技法を使ってみる」
「メールの件名だけ、この型に変えてみる」。
日常業務のほんの一部を、意図的に変えてみる。この「小さな実験」の積み重ねが、やがて大きな行動変容へと繋がります。

4)経験を「知恵」に変える(振り返り・言語化)
そして最後に、最も重要なのが「リフレクション(内省)」です。
「やってみて、どうだったか?」うまくいったなら、なぜうまくいったのか。失敗したなら、何が原因だったのか。次はどう工夫するか。コルブの「経験学習モデル」が示す通り、人は経験そのものから学ぶのではなく、「経験を振り返り、意味づけし、教訓を引き出すこと」によって初めて学びます。実践しっぱなしでは、経験は流れていってしまいます。「振り返り」というピンで留めることで、初めて経験は自分だけの「知恵(ナレッジ)」として固定されるのです。
LMSは、この振り返りを記録し、共有する場として活用すべきです。「やってみたら、意外とここでつまずきました」「こう工夫したら、相手の反応が変わりました」。こうした生々しい実践知(暗黙知)が言語化され、LMS上に蓄積されたとき、それは組織全体の財産(形式知)となります。

5. 組織の「文化」こそが、最強の学習システムである

ここまで、「役割認識による動機づけ(Phase 1)」「社会的学習による計画実行(Phase 2)」、そして「実践と内省による定着(Phase 3)」という3つのサイクルについて解説してきました。これらは一つとして欠かすことができません。役割認識なき計画は、魂の入っていない仏像です。計画なき実践は、ただの思いつきで終わります。内省なき実践は、同じ失敗の繰り返しを招きます。そして何より重要なのは、これら一連のプロセスを、個人の「意識の高さ」や「努力」に依存させてはいけないということです。「あの人は意識が高いから学ぶ」「あの人は優秀だからできる」で片付けてしまっては、組織の力は底上げされません。
私たち経営者や人材開発部門の役割は、このサイクルを組織の「OS(当たり前の習慣)」としてインストールすることです。上司が部下と役割を握り合うのが当たり前。学習計画をチームで共有するのが当たり前。現場で試し、失敗を共有し、そこから得た知恵を語り合うのが当たり前。AIという強力なテクノロジーを手に入れた今だからこそ、私たちは人間本来の「学ぶ喜び」や「成長のメカニズム」に立ち返る必要があります。

AIにはできない、「理想に悩み(診断)、仲間と励まし合い(計画)、現場で汗をかき(実践)、意味を紡ぎ出す(内省)」という泥臭いプロセス。
この人間らしいプロセスを支援し、加速させるためにこそ、最新のLMSはあるのです。
「学習する組織」への道は、AIが描く地図の上ではなく、社員一人ひとりが踏みしめるその一歩一歩の中にしか存在しません。

せっかくの学習機会を意味のあるものに変えていくために、自社としての学びのプロセスの標準化に是非取り組んでいきましょう。
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