ブレンディッド・ラーニングを成果に結びつけるには、学習設計の土台を作る「考え方」について理解する必要があります。そしてその考え方というのが、「TPACK(ティーパック)」です。
ここでは、TPACKの定義や歴史的背景、さらに実践のポイントについて、分かりやすく説明します。
1. 学習の目的は何か?
もそも企業は何を目的に研修を実施するのでしょうか。
端的に言いますと、それは「経営戦略の確実な実行を売上向上」です。
ニューノーマルの時代、新たな価値を生み出し競争優位を発揮することが、企業に求められています。そのカギを握っているのが従業員のパフォーマンスの高さであり、パフォーマンスの向上を目指した研修なのです。
企業は、研修を通じて従業員に投資をしていますが、それは従業員の能力を伸ばし組織のパフォーマンスを上げることによって競争優位を実現できるということを、研修に期待しているからではないでしょうか。
投資に見合った効果が得られる研修を実施するには、有効な効果測定を使って研修の成果を正しく評価することが不可欠です。そして、有効な効果測定はパフォーマンスの向上を確認するという点において、非常に重要な役割を担っています。
なぜなら、効果測定をして研修を適正に評価することで、「企業の売上につながるような研修とは何か」「研修本来の目的を果たす学びとはどういうものか」といった点が明確になり、「より成果の上がる研修の実施」につなげることができるからです。
一番良く知られている効果測定というと、1950年代にカーク・パトリックが提唱した4段階評価モデルでしょう。
各レベルにおける測定の目的と主な測定方法は、以下のとおりです。
レベル1
【目的】研修に対する学習者の満足度を評価する
【測定方法】研修アンケートやアクションプランなどの課題提出
レベル2
【目的】学習者の学習到達度を評価する
【測定方法】筆記試験、レポート提出、討議
レベル3
【目的】学習者の行動変容を評価する
【測定方法】チェックリスト、インタビュー、事後アンケート
レベル4
【目的】学習者や職場における成果を評価する
【測定方法】量的・質的データの活用
このうちレベル1と2は、これまで行われてきたこともあり、測定したデータを研修内容の改善に役立てている企業も少なくありません。
一方レベル3と4は、「インストラクション・デザイン」という、分析・設計・開発・実施を繰り返しながら、最適な研修をデザインする知識が求められるため、ハードルが高くなります。多くの企業はレベル3の実施に努力しつつも、レベル4まで達していないというのが現状です。
このように、企業内研修では高い学習効果を得るための理論やツール、学習モデルなどを取り入れたシステム的なアプローチが必要とされています。そして、成果につながる研修設計の土台を作るうえで役に立つのが、次の章でご紹介するTPACKという考え方です。
2. TPACKという考え方は何か?(TKとは、CKとは、PKとは)
TPACKとは、
- Technological Knowledge(TK、技術に関する知識)
- Content Knowledge(CK、学習内容に関する知識)
- Pedagogical Knowledge(PK、教育に関する知識)
の頭文字をそれぞれ取った造語のことで、「テクノロジー」「コンテンツ」「教育学」の3つを組み合わせた概念を指します。
各要素の意味は、以下のとおりです。
TK(テクノロジー・ナレッジ)
企業内学習におけるテクノロジー・ナレッジとは、テクノロジーを知り、どのようにして効果的に使っていくのかという知識や考え方のことです。
動画配信サービスやウェブサービス、ツール、学習シーンに応じて使用するシステムなど、研修を実施する上で欠かせないデバイスはたくさんありますが、研修の提供手段に関するテクノロジーの種類を知り、使い方や使い分け方について考えるのがテクノロジー・ナレッジにあたります。
CK(コンテンツ・ナレッジ)
ここで言う「コンテンツ・ナレッジ」とは、成果につながる学習コンテンツの作り方や編集の仕方を指します。
オフライン研修とオンライン研修はそれぞれ異なる特徴があり、学習効果を最大化させるコツも異なります。特に急速に発展を遂げているオンライン研修では、動画編集や撮影の仕方、キューレーションなど、新たな学習コンテンツ作りに欠かせない技術が登場し、さまざまなコンテンツを生み出しています。各学習の目的に合わせた良質のコンテンツ作りが、コンテンツ・ナレッジの役割と言えるでしょう。
PK(教育学の知識)
教育学の知識は、①と②をつなぐ知識です。ここで言う「教育学」には、科学的な学習方法や、それを反映させたコース設計など、広い意味での「教授法」や「学習理論」を含みます。
教育学は、
・学習効果の高い設計の仕方とは
・いかに学習者のモチベーションを上げていくのか
というふうに、研修をデザインする際の考え方をカバーしています。
このようにTPACKは、テクノロジー・コンテンツ・教育学と3つの要素を重要視しています。3つの要素を組み合わせて成果に結びつく研修設計を追求できるのが、TPACKのメリットと言えるでしょう。
3. TPACKの歴史
TPACKの前身は、1985年にリー・ショーマンが提唱した「教育的内容知識(PCK:Pedagogical Content Knowledge)」だと言われています。
ショーマンは、教育評価において教育内容(Content)と教育方法(Pedagogy)を同じように重要視すべきだと考えていて、両者のいずれかにウェイトを置いた既存の教育評価に批判的でした。
そこで、教育内容と教育方法に視点を合わせた教育評価の考え方としてPCKを生み出し、広めていったのです。
2000年代に入り、PCKの概念にテクノロジー(Technology)が加わり、「TPCK」という新たな概念が生まれます。TPCKは、2006年、プニア・ミシュラとマシュー・ケーラーが発表した論文によって広く知られることとなり、やがて読みやすさを考慮した「TPACK」という言葉に置き換えられました。
このように、TPACKは、教育内容と教育方法にテクノロジーを組み合わせた概念として発達しました。現在では、3つの要素を組み合わせ、目的にそった学習設計の土台作りを担っています。
例えば、eラーニングは、テクノロジーによってコンテンツの提供手段を拡大した「TCK(TK+CK)」にあたります。その他にも、教育学とコンテンツを組み合わせた「PCK(PK+CK)」や、教育学とテクノロジーを組み合わせた「TPK(TK+PK)」など、複数の組み合わせを使い分け良質の学習設計に貢献しています。
4. TPACK実践のポイント
TPACKは、学校教育の理論として発展しました。そのため、企業研修にそのまま使えると言うほど単純ではありません。ビジネスの現場では、企業研修に応用するという実践的な視点からTPACKを活用することが不可欠です。
それでは実際に、TPACKをどう研修に取り入れたらよいのでしょうか。TPACK実践のポイントは、「3つの要素を組み合わせる」という点です。
TPACKは、異なる要素で構成されていますが、どれかひとつに偏って最適化しても、効果的な研修を設計することが難しくなります。研修を設計するにあたり、教育学の知識は必要ですが、それだけでは学習者にうまく情報を提供することはできないでしょう。そこにはより良いコンテンツを作る知識と、学習内容を適切に伝えるテクノロジーの知識が必要になるのです。
具体的には、教育学をベースに
- コース設計やファシリテーションを検討する
- どのようなテクノロジーやツールを活用できるか検討する
- どのようなコンテンツを作っていけばいいのか
を検討していきます。
さらに、TPACKをどのように組み合わせていけばよいのかを考える時に参考となるのが、
①研修における学びの定着率アップを意識する
②成人学習の特徴に合わせる
という視点です。
各視点について、見てみましょう。
#1. 研修における学びの定着率アップを意識する
ここで言う「定着率」とは、学びから得た知識の吸収度合いを数値化したものです。
定着率アップを意識するということは、「学習効果を上げるために、どのようにTPACKを組み合わせていくか」を検討することにつながります。
学習定着率アップのヒントが得られるとしてよく知られているのが、「ラーニングピラミッド」という理論です。ラーニングピラミッドは、学習方法を定着率ごとにピラミッド型の図で表したものです。
(※本理論の根拠には議論があるものの示唆があるため引用致します)
ラーニングピラミッドは、下から上に向かって定着率の高い順に学習方法を示しています。このことから、「学習定着率を上げるには、アウトプットを伴うアクティブラーニング(効果的な学習)が重要」という結論を導くことができますが、「講義」と言っても定着率の高いものから低いものまであり、常に能動的学習がよいというわけではありません。
ひとつの学習方法にこだわるのではなく、複数の学習方法をブレンドしたほうがより効果が期待できます。そして、「複数の学習方法をブレンドする」を具現化するのがブレンディッド・ラーニングであり、その軸であるTPACKなのです。
#2. 成人学習の特徴に合わせる
パフォーマンスの向上が期待できるような研修を構築するには、大人が職場で学ぶ際の傾向を考慮する必要があります。
「P-MARGE」は、以下の成人学習の特徴を表現する言葉の頭文字を取った造語です。
- Practical(実利的)
- Motivation(動機づけ)
- Autonomous(自律的)
- Relevancy(関連性)
- Goal-oriented(目的指向性)
- Experience(経験)
P-MARGEを考慮すると、
・実理性や仕事との関連性を意識したコンテンツの作成
・学習理論を応用した研修設計
というふうに、効果的な学習の傾向が見えてきます。
ここにTPACKを応用してみましょう。例えば、PKを応用させると
- LXD(学習者体験のデザイン)
- 学習効果を高める設計倫理(事前・当日・事後)
- 学習を継続させるための仕掛け(ゲーミフィケーション、トリガー)
といったポイントを抑えた研修設計の実践が可能になります。
5. まとめ:TPACKを活用して企業内研修を成功させよう!
TPACKの特徴を理解し有効な効果測定方法の視点を知ることが、パフォーマンス向上を実現する研修設計につながります。研修設計の際は、TPACKは3つの要素をバラバラではなく、組み合わせて活用することで効果を発揮する点を忘れないようにしましょう。
企業内研修が成功したかどうかは、パフォーマンスの向上を測定することで判断可能です。TPACKを活用して有効な効果測定で評価される研修をデザインし、企業内研修を成功に導きましょう。