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2025.12.08

自律型人材は“段階設計”で決まる――組織学習を進化させる5つのステップと支援の技術

記事 / 写真 / 画像:LEARNING SHIFT INC.
自律型人材は“段階設計”で決まる――組織学習を進化させる5つのステップと支援の技術
自律性は「資質」ではなく、「設計」で決まる。

「もっと自分から学んでほしい」「言われたことだけでなく、自ら動いてほしい」 そう願っても、現場はなかなか変わらない――。

本記事では、多くのマネジャーが陥りがちな「自律性=個人のやる気次第」という誤解を解き、組織学習を科学的に進化させるためのロードマップを解説します。
キーワードは、「5つの発展段階」と「足場かけ(Scaffolding)」。 自律型人材を“探す”のではなく、確実なステップで“育てる”ための具体的な設計図を紐解いていきます。
1. なぜ、「自律的に学べ」と言っても動かないのか?

「もっと主体的に学んでほしい」。 そう願う一方で、現場マネジャーの心には、ある「本音の葛藤」が存在しないでしょうか。
・「勉強はしてほしい。でも、業務時間中に手が止まって数字(成果)が落ちるのは困る」
・「かといって無理強いすれば、『やらされ仕事』になり離職につながりかねない」

今の成果(Performance)も求めつつ、未来のための種まき(Learning)も必要。この板挟みこそが、多くの組織で学習が進まない真のボトルネックです。
ここで必要なのは、「放っておいても勝手に育つスーパー人材」を探すことではありません。 自転車に乗れない人にいきなり公道を走らせないように、自律性を“段階的に育てていく”ための設計こそが必要なのです。
自律性は「ある」か「ない」かの資質ではなく、適切なステップがあって初めて機能する「技術」です。 本記事では、そのロードマップを以下の3点から解説します。
・自律性は「0か100か」ではなく、5つの発展段階がある
・メンバーの現在地に応じた「足場かけ(支援)」が成長を加速させる
・まずは「選択させる」ことから、自律のスイッチが入る

2. 自律性の現在地を知る―「5つの発展段階」モデル

「自律型人材」というと、私たちはつい「誰に言われなくても自ら課題を発見し、必要な情報を収集し、学び、それを業務に適用して成果を出す人」という完成形をイメージしがちです。そして、そうでない部下を見ては「彼には自律性がない」「彼女は待ちの姿勢だ」と嘆いてしまいます。
しかし、学習の自律性とは一足飛びに獲得できるものではありません。補助輪付きの自転車から始めて、少しずつ補助を外し、やがて自由に乗り回せるようになるのと同じように、段階を経て発達していくものです。
このプロセスを体系化したのが、「学習の自律性における発展段階」です。
あなたの組織のメンバーは、今どの段階にいるでしょうか?

第1段階:選択的自律性 (Initial Autonomy)
〜「やらされ学習」からの脱却〜
まずはここからです。「何を学ぶべきか」という大枠やカリキュラムは組織側が提示します。しかし、そのすべてを一方的に強制するのではなく、「提示されたメニューの中から、どれを受けるか」を学習者自身に選ばせる段階です。
例えば、昇格要件として定められた複数の研修コースの中から、自分が興味のあるものを選ぶといった行為がこれに当たります。
「たかが選択」と思うかもしれません。しかし、これこそが自律性の重要な第一歩です。「上司に言われたから受けた研修」と、「いくつかある中から自分で選んだ研修」では、参加する際の当事者意識がまったく違います。「なぜ自分はこれを選んだのか?」と自問することで、学習者は初めて自分のニーズを意識し始めます。この小さな「自己決定」の積み重ねが、後の大きな自律へとつながるのです。

第2段階:目標設定型自律性 (Goal-Directed Autonomy)
〜キャリアと学習を結びつける〜
「選ぶ」ことに慣れてきたら、次は「決める」段階です。
第2段階では、「何を」「いつまでに」学ぶかという学習目標を自分で設定し、それに向けた計画を立てます。
期初に「今年はリーダーシップスキルを上げる」「次のプロジェクトのためにデータ分析を学ぶ」と宣言し、上司とすり合わせるプロセスがこれにあたります。
ここでは、単に学びたいことを挙げるだけでなく、自分のキャリアプランや、現在の業務課題と学習を結びつける視点が求められます。「この学びが、自分の仕事や将来にどう役立つのか」という意味付け(レリーヴァンス)を、自分自身で行えるようになるのがこの段階の特徴です。上司との対話を通じて、組織の目標と個人の学習目標を統合していくプロセスでもあります。

第3段階:方法選択型自律性 (Method-Selective Autonomy)
〜自分に合った「学び方」をデザインする〜
目標が決まれば、次は「どう山を登るか」です。
第3段階は、学習方法やリソースを自分で選択・組み合わせる段階です。
eラーニングで基礎を学ぶのか、書籍を読み込むのか、外部のセミナーに参加するのか、あるいは詳しい先輩に話を聞きに行く(メンタリング)のか。社内外の多様な手段の中から、自分の学習スタイルや状況に合った最適な方法を選び取ります。
人材開発でよく参照される「70:20:10の法則」では、学習の70%は経験から、20%は他者から、10%は研修などの形式的学習から得られると言われます。この段階の学習者は、研修(10%)だけでなく、経験や他者からの学びも含めた多様なリソースを、パズルのように組み合わせて学習をデザインできるようになります。自分にとって最も効率的で効果的な「学びの型」を知っている状態とも言えます。

第4段階:問題発見型自律性 (Problem-Finding Autonomy)
〜「何が課題か」を自ら見つけ出す〜
ここから、学習の質が大きく変わります。いわゆる「言われなくてもやる」状態へのジャンプアップです。
第4段階は、組織から与えられた目標ではなく、自分で「何が課題か」を発見し、学習テーマを設定する段階です。
「上司に言われたから」学ぶのではありません。「この業務でここがうまくいかなかったのは、自分に〇〇の知識が足りなかったからだ」「このプロジェクトを成功させるには、未知の領域だが××について学ぶ必要がある」と、自己の経験や360度フィードバックから成長課題を自己認識し、自発的に学び始める状態です。
ここでは、仕事の経験そのものが教科書となり、学習の源泉となります。自身の強み・弱みを客観視(メタ認知)する能力も高く求められます。変化の激しい環境下で、組織がまだ認識していない課題をいち早く察知し、学習を通じて解決策を探る動きもここに含まれます。

第5段階:創造的自律性 (Creative Autonomy)
〜学びを「創り」、組織へ還元する〜
そして到達するのが、最も高度な自律性の段階です。
第5段階では、学習そのものを創造し、他者の学習も促進します。
自分一人で学ぶことに留まらず、自主的な勉強会や読書会を立ち上げたり、現場で得た暗黙知を形式知(ナレッジ)として体系化し、組織に還元したりします。後輩や同僚の学習支援を自発的に行うのもこの段階の特徴です。
ここまで来ると、もはや「個人の学習」の枠を超えています。個人の知が組織の知へと変換され、組織全体の学習能力が高まっていく。まさに「学習する組織」のエンジンとなる人材です。彼らは学びの消費者ではなく、生産者として組織に貢献します。

3. 組織の役割は「管理」ではなく「足場かけ」

このモデルが示唆する最も重要な点は、「メンバーの現在地(段階)によって、組織や上司がすべき支援(関与)が全く異なる」ということです。
まだ第1段階(選択的自律性)にいるメンバーに対して、いきなり「課題を見つけて自由に学べ(第4段階)」と放任するのは、自律の尊重ではなく、単なる突き放しです。泳ぎ方を知らない人を海に突き落とすようなものです。
逆に、すでに第4段階(問題発見型)に達しているメンバーに対して、「この研修を受けなさい」「進捗を毎日報告しなさい」と第1段階のようなマイクロマネジメントを行うことは、自律性の芽を摘み、モチベーションを削ぐ行為になりかねません。
教育心理学者のレフ・ヴィゴツキーは、学習者が独力では達成できないけれど、支援があれば達成できる領域を「最近接発達領域(ZPD)」と呼びました。そして、その領域に対して適切な支援を行うことを、建築現場の足場になぞらえて「足場かけ(scaffolding)」と呼びました。
私たちの役割は、メンバーが今どの段階にいるのかを見極め、次のステップへ登るための適切な「ハシゴ(足場)」をかけてあげることなのです。

【具体的な支援策(足場かけ)の例】
第1段階への支援:魅力的な「選択肢」を用意する
まずは選ぶ楽しみを知ってもらうことです。そして、「なぜそれを選んだの?」と問いかけ、選択の理由を言語化させてあげてください。この「問い」が自己認識を促します。
第2段階への支援:目標をクリアにする「対話」を行う
学習目標設定シートなどを活用し、「それは今の業務のどこに活きるのか?」「君のキャリアにとってどんな意味があるのか?」を問いかけ、目標の解像度を高めるサポートが必要です。
第3段階への支援:リソースへの「アクセス権」を与える
eラーニングのライブラリを充実させる、書籍購入やセミナー参加のための「個人学習予算」を付与するなど、手札を増やしてあげることが重要です。「こんな学び方もあるよ」というガイドも有効です。
第4段階への支援:内省を深める「フィードバック」
自分自身を客観視し、課題に気づくためには「鏡」が必要です。360度フィードバックやプロジェクトの振り返り(リフレクション)の機会を制度として設けたり、内省を促すようなコーチング的な関わりを増やしたりします。
第5段階への支援:活動を称賛する「文化」をつくる
コミュニティ活動を業務として認めたり、失敗を許容して新しいチャレンジを推奨したりする文化をつくること。そして、彼らが創出したナレッジを発表・共有できる「場」を提供することです。

4. 理論的背景―なぜ「選択」と「関係性」が重要なのか

この5段階モデルは、単なる経験則だけでなく、複数の学習理論に裏打ちされたフレームワークです。背景にある理論を知ることで、なぜこのステップが有効なのか、より深く理解できるはずです。
特に重要なのが、「自己決定理論(Self-Determination Theory: SDT)」です。
デシとライアンによって提唱されたこの理論では、人間の内発的動機づけ(やる気)は、以下の3つの心理的欲求が満たされたときに高まるとされています。
自律性(Autonomy):自分の行動を自分で律している、選んでいるという感覚
有能感(Competence):自分は環境に対して効果的に関わることができる、できるという感覚
関係性(Relatedness):他者とつながっている、尊重されているという感覚

この5段階モデルは、まさにこの3つの欲求を満たしていくプロセスでもあります。
第1段階で「自分で選ぶ(自律性)」体験をし、やらされ感を払拭します。
第2〜3段階で自ら計画し実行するサイクルを回すことで、「自分は学習をコントロールできる」という「有能感」を育みます。
そして、第4〜5段階で、組織の課題解決や他者への貢献を通じて「関係性」を深めていくのです。
また、「成人学習理論(アンドラゴジー)」の視点も欠かせません。
提唱者のノールズは、子どもの学習(ペダゴジー)と対比して、大人の学習者は「自己主導的」であり、「経験を学習資源」とし、将来のためではなく「現実の問題解決」のために学ぶことを好むとしました。
第4段階以降の「問題発見型」や「創造的」な自律性は、まさに成熟した大人の学習者が本来持っている特性を最大限に活かすアプローチと言えます。
つまり、自律性を育てることは、単にスキルを習得させるだけでなく、彼らの心理的な欲求を満たし、大人としての成熟を支援することと同義なのです。この心理的プロセスを無視して、「とにかく学べ」と強制しても、人は決して自律的にはなりません。

5. おわりに―まずは「選ばせる」ことから始めよう

「研修したのに変わらない」「自律的に動いてくれない」
そう嘆く前に、私たちマネジャーや人材開発担当者は、まずメンバーの現在地を見つめ直す必要があります。
彼らは今、どの段階にいて、どんな足場を必要としているのでしょうか。

自律的に学習する組織をつくるために、明日からできるアクションプランをまとめてみましょう。
・「5つの段階」でメンバーの現在地を把握する
あなたの部下は今どこにいますか? 第1段階のメンバーに第4段階の要求をしていませんか?
・現在の段階に合わせた適切な「足場かけ(支援)」を行う
管理するのではなく、ハシゴをかける。リソースを提供し、フィードバックの鏡になり、文化という土壌を耕すのが組織の役割です。
・まずは小さな「選択」の機会をつくり、対話を始める
全ての出発点はここです。

冒頭のジレンマ、「勉強してほしいけど、業務時間は削りたくない」。
この葛藤から抜け出し、組織学習を進化させる第一歩は、いきなり大きな成果や完全な自律を求めず、まずは小さな「選択」を委ねることから始まります。
「今回の昇格要件の研修、AコースとBコースがあるけど、どっちが今の君の仕事に役立ちそう?」
「来期の目標に向けて、どんな本を読みたいと思う?」
そんな小さな問いかけ一つが、これまで「やらされ仕事」だった研修や学習を、本人の意志が宿る「自分の学び」へと変えるスイッチになります。
選択するという行為を通じて、彼らは初めて「自分は何を必要としているのか」を真剣に考え始めるからです。

あなたの組織では、メンバーが「自分で選ぶ」機会を、どれくらい提供できていますか?
そして、次のステージへ進もうとするメンバーに、適切な「ハシゴ」をかけてあげられていますか?
「自律型人材」は、探して見つかるものではありません。
日々の関わりと、組織の足場かけによって、育てていくものなのです。
まずは小さな「選択」から。
自律的に学習する組織への一歩を、今日から踏み出してみませんか。
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